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発行者 ハルボン倶楽部・広報部 ハルボンの写真
お月見会の風景

町内会主催 お月見会

9月20日、お月見会が我家の庭で行われた。町内会主催というのが鋭く正しい。いかがわしいハルボン倶楽部主催「愛と真実のご近所宴会」シリーズとは違うのである。

実は今年の3月、町内会が正式に発足していたのである。正式であるからして会則はある。しかし会費はない。
何やこのへんはハルボン倶楽部とさほど変わりない。

そしてよう分からんままに俺は4人の世話人の一人になってしまった。まぁ、アホも一人混ぜとけというバランス感覚によるものだろう。う〜む、絶妙だ!  さて、お月見会参加者は26名で昨年より増えた。淡路島において前年度比がプラスというのは稀有の出来事である。原則として、夫婦で参加なら2種の料理を持ち寄ることになっているので、 二十数種の料理が並ぶ。そこいらのホテルのバイキングなど真っ青である。全く打ち合わせなどしていないが、ご飯物、鍋物、オードブル系、メインデッシュ系、デザート系と実にバランスよく並ぶ。 これはいつもながら、不思議に思う。

TN夫婦ノリノリの写真 例えば、今年のご飯物は、稲荷寿司・押し寿司・お赤飯・炊き込みご飯のオムスビ・海苔のオムスビであった。ご飯物だけでも重ならないのだ。ホンマ、フ・シ・ギ!!

因みに我家の料理は、一口コロッケと太刀魚のカルパッチョであった。ジャガイモは我家の畑でとれたものだし、太刀魚は俺が釣ってきたものだ。材料費は限りなく只に近い。 さてさて、お月見会の実態はハルボン倶楽部の宴会とさほど変わることはない。だって参加者はほぼ同じメンバーだもの。我町内会の長老TN夫婦もノリノリで、中秋の名月をバックにご機嫌だ。 割り箸でのVサイン、俺もどこかで使わせてもらおうっと。

ホームページ開設はよいけれど…

この「風のたより」は、前号から郵送を止め、ホームページ上に掲載することとした。

ホームページ上に掲載などとさらりと書いてあるが、俺にホームページの作成・開設などできる訳はない。名古屋の若い友人MS君にギョ−ムとして依頼した。 何やよう分からんけど、名古屋にいながらにして淡路島の俺のホームページを作成・開設してしまった。

感謝!。これで見たくない者は見なくて良いという選択の自由が与えられたことになる。俺としても、印刷・封筒詰などの手間や費用面で多少助かる。 しかしながら「パソコンなんか嫌いだ!」と言う人には申し訳ないことになった。開設2週間後にはアクセス数200を超え、びっくりしているが、メール等での反応は今一だ。 なんせ暇人だ。メール受信のない日は寂しい。会員に告ぐ!直ちにメールせよ。毎日朝晩チェックをしています。

玄関先に咲く花の写真5時間30分のヒモ

俺の周りには、過去においてヒモであった者、現在ヒモである者が多い。
AS氏は退職したが、夫人が現役看護士なのでヒモ状態だ。
UT氏はリストラ失業中で、夫人は働いているのでこれもヒモ状態だ。
MS氏は退職しているが、夫人がリフォームの仕事をしている。氏は、「女房が社長で俺は運転手だ。」とヒモであることを否定しているが、傍目からは彼こそ完璧なヒモだ。
前にも、どこかで書いたが、OM氏は、大学のマスターコースに通っている間は、完全無欠のヒモであった。

「俺もヒモになりた〜い」とずっと思っていた。 しかし、女房は俺より3年早く仕事を辞めたし、今どちらも働いていない。憧れのヒモは憧れのままで終わるのか。
ところがである、前述のMS夫人から女房に、「少しだけ手伝って」と依頼があった。何をしたのかよく分からないが、そのあくる日正しく支払いがあったのだ。 明細書もあって、○○○円×5.5時間と書いてある。オオ−、これで俺もまさしくヒモだ。直ちにこれを引ったくって競馬場に行かなくては!と思ったものの、 敵は見せびらかすだけ見せびらかせて、しっかりと自分の財布に仕舞い込んだ。正しいヒモへの道は険しい。

悠悠自適というけれど……

50代半ばの夫婦が、別荘地に住みつき、仕事もせんと、海を眺めながら暮らしていると、羨望なのか軽侮なのか解らないが、「毎日、何してるの?」「何でこんな暮らしが出来るの?」 とよく聞かれる。悠悠自適には早すぎるということだろう。これまでは適当にはぐらかしてきたが、これからの人生を考える上で参考にしたいと真剣に聞いてきた同年代が何人かいるので、 真面目に答えておこうと思う。最も聞きたのは、多分お金のことだろう。

俺は29年間、女房は30年間働いた。一人で家計を支えている家庭も多いのだから、我家もそうだとすれば、59年間働いたということになる。 59年働きゃアータ、しがない教師でも別荘の一軒くらい建つでしょう。俺達夫婦は、ケチではないと思うけど、浪費家でもなかった。ほどほどに都会生活を満喫していた。 結果として、二人とも仕事を辞めた時、借金はなかったが貯金もなかった。大阪のボロ家と淡路島のログハウスと退職金が残った。これくらいの資金で淡路島で悠悠自適の暮らしを始めるのは無謀なのであろう。

しかし、俺には20年間あこがれ続けていた夢実現への強い思いがあった。
定年だから辞めるのでなく、「とっておきの人生」のために仕事を辞めたいと考えていた。辞めたのはいいが、経済的には年金が入るまでは延々と引き算の世界だ。 当然、裕福であるはずはない。こちらに来て止めたこと(必要なくなったこと)、旅行・ギャンブル・ゴルフ・釣りの交通費・駐車場代・外食・タバコ・床屋など。 服飾費は限りなく0に近い。本・雑誌・音楽CDは、図書館を利用する。ここでの暮らしの活動ベースである釣りと畑は、趣味でありながら、食費軽減の貢献度は高い。 しみったれた話でスマン。しかし、俺がここでの暮らしをどんなに楽しんでいるかは、この「風のたより」お分かりいただけるだろう。人にとってはくだらないことでも、 自分にとって最高に楽しい暮らしを実現できればいいのじゃないかな〜。これだけアホに生きていくのも、一つの才能だと思わないか?

50歳を過ぎてもアホでいられることが………