怒涛の週末(10月11日、12日)

喫茶部絶滅の危機 11日の喫茶部は、島外5人、地元2人、ご近所0人だった。島外の5人は我家の客であって、喫茶部の客ではない。ケーキも2ホール半余ってしまった。「新聞やテレビに採り上げられ、隆盛を極めたあの頃が懐かしいなぁ。」と女房としみじみ語り合い、さらば栄光の日々、喫茶部閉鎖やむなしと覚悟を決めた。

写真お月見会 其の夜はHR邸で晩秋の名月一日遅れお月見会が行われた。三連休の初日ということで別荘族の参加もあり、総勢34名の大宴会となった。急造コンパネテーブルには、いつもながら豪華な料理が並ぶ。お店なら一人8000円は取られるなとの声が聞かれる。強風、曇り、冷え込みとコンディションは良くなかったが、雨が降らず実施できただけでもラッキーだ。「お月さん、見えんなぁ」の声に、NK氏は自宅に走り帰り、額縁に入った立派な満月の写真を持ってきた。9月10日、中秋の名月を撮影したものだそうだ。写真を順送りしながら「今夜はいい月だ」などとみんな悦に入っている。う〜む、相変わらずマヌケな連中だ。椅子取りゲームでも始まるのかという陣形なので一人一人の顔が見渡せる。その面々を見ながらYT夫人が言った。「このメンバーって凄いよね。教育相談、医療相談、法律相談、建築相談、農業相談から、陶芸教室、絵画教室、写真教室、彫金教室、茶道教室、英語教室、園芸教室……何でもできるね」俺もそう思う。正に異業種・多趣味人間の集団だ。ただなぁ、「お金の相談」にのってくれる人がいないのはなんでだろう。
「人生の楽園」放映後、「痛快エブリデイ」という番組でも我郷の人々が紹介されたこともあって、初めて参加した人が「テレビで見た方が多くて……」と言っていた。

喫茶部記録の更新 12日は原チャリおばば軍団の一人が、まだ「人生の楽園」を観ていないので、みんなで我が家でお茶しながらビデオを見るのだと7人予約が入っていた。コレが喫茶部最後のお客さんかもしれない、それがおばば軍団、ナカナカ有終の美とはいかんもんやなぁと思うまもなく、7人、6人、5人、4人、3人の団体、夫婦、1人と七並べのように次々とやってきて、3月9日の記録をあっさり更新する48人のお客さんがあった。喫茶部絶滅の危機は1日で解消された。
それにしてもジャン氏よ(雀士ではない。地元のクリーニング店主)、君はどうして記録更新日だけ選んで来るのだ。ろくろく話もでけへんやん。不思議というか間が悪いというか……

ザ、うどん宴会 12日午前に宴会本部AS邸怪しい地下室にOK夫妻(ココマロ、ココ坊主、併せ技でココOK)が呼ばれた。うどんを打とうというわけだ。粉は俺が讃岐から持ち帰った純国産小麦粉とタピオカの打ち粉だ。(VOL.33参照)俺は昨夜お泊りの教え子を連れていたので、打ち手には加われなかった。残念!危機を脱した喫茶部を終え、其の夜ココOK邸での「ザ、うどん宴会」に参加した。何故か連続宴会の二夜目はココOK邸になる。正直我々の「うどん打ち」は試行錯誤の状態で、今回も水の量、塩の量を変え3種のうどんを打っていた。食べ方も「生醤油」と「うどんスキ」が用意されていた。どれもマズマズだったが、まだ「これだ!」という結論には至っていない。2日間の出来事だが、3日にも4日にも感じる怒涛の週末であった。

ハゲの逆襲

俺は40歳過ぎたあたりから白髪化し始め、半ばになると今度は急激にハゲ化路線を突っ走り始めた。おでこは新田開発のごとく拡張され、頂上付近は高山植物のみが点在する荒野と化した。かくして俺は「ハゲ社会」という未体験ゾーンへ突入することに相成った。「ハゲ側」に身を置く様になると、コレまで見えてなかったことが見えるようになる。ハゲているという事実より、ハゲを「からかわれる側」になったことで自分のハゲを実感するようになる。それまで俺は「からかう側」だったのだと思い至りいささか狼狽した。「からかわれる側」になると、最初は気の利いた対応をしようと心がける。「コレで他人の人生をも照らしてやっているのだ」などウケをねらったりする。しかし月一回からかわれても10年ハゲをやってると120回対応せねばならないのだ。「からかう側」は軽い冗談のつもりであるからして、こちらが「怒ってみせる」にせよ「気の利いた対応」をするにせよ、何らかの反応をしないと、その場が気まずい雰囲気になる。そうなるのも大人気ないなぁと思う。それでも面倒になる。もう飽きているのだ。うんざりしているのだ。その内「からかう奴」がうっとうしく思えてくる。些細なことで激怒した男がハゲだったら、それは積年の恨みが爆発したのだと知るべきだ。ハゲの逆襲にご注意めされ!
写真は海平の「大坊主」(左)、「中坊主」(右)、撮ったのが「小坊主」(俺) 後で思えば、この日は「ハゲ男宴会」であったなぁ。

恐るべし「探り釣り」釣法

西宮市在住のYM氏は「TV観ました」メールがご縁で知り合った「探り釣り」のメバル釣り師だ。俺は「浮釣り」一本やりできたが、以前から「探り釣り」には興味を持っていた。夫婦で訪問してくれた翌日、たまたまチヌ47p(自己記録4.5cm超)と良型のメバルが釣れたので「どうだ!」と写真付自慢メールを送ったら、一緒に釣行しようということになった。最初の同行で俺は、「探り釣り」を鋭く観察した。タックルは《6mほどの専用のべ竿、道糸1.5号、道糸上部に極小ケミ、サルカン、ハリス1号、メバル針9号、ハリスにガン玉B~2B》と極めてシンプルだ。一点に立ち、前方10m、左右それぞれ10m、深さ6mの広い範囲を自在に探り、その範囲にいる魚の目の前まで餌を運んでやる。魚の活性が高い時は向う合わせで充分だろうし、活性が低いときは細い穂先が「浮」の役目をし咥え込むのを待つことができる。極めて合理的な攻めの釣りだ。数釣りをめざすならこの釣法に限る。淡路島に住む前の俺だったら一も二もなく飛びついただろう。ただ今の俺は「よう釣らんだけや」の声に耳を塞ぎつつ、3匹釣れたらいいと思っている。持帰りサイズ自主規制や長寸記録にこだわりはあるが、実際、数は必要ないのだ。それより何より漆黒の海に赤い電子浮がじわじわと沈み、パシッと合わせをくれ、手応えのあった時の快感は捨て難い。YM氏は技量・見識・釣りに対する姿勢など師匠と呼ぶにふさわしい人物なのだが、その釣法を学ぶかどうか迷っている。