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2005-10-31

風のたより VOL64

テレビはお嫌い?
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今日(10/31)、夜7:00~8:00までテレビ(テレビ大阪)を見ていた。俺はプロ野球以外あまりテレビは観ないのだが、女房が「この番組じゃないの?」というもんで観始めた。
実は2ヶ月前、この番組を制作している会社から電話があった。取り上げるかどうか下調べの取材をさせてくれということだった。俺は大抵のことがそうであるように「べつかまへんよ」と軽い気持ちで返事しておいた。しかし、女房にこの話をすると「テレビに2度出るなんて目立たちがりのただのアホやんか」と取り付く島もない。まぁ俺はただただアホやからええけど、女房はアホにはなりきれないようだ。そんなこでと詳しいことは何も聞かぬまま丁重にお断りし忘れていた。

ところが土曜日(29日)、喫茶部が賑わっている最中にその会社から電話があって「あなたが無理なら、誰か紹介して欲しい」という。その時初めて「月10万円で豊かに暮らせる町&村」という番組だと聞かされた。都会から田舎に移住した60歳前半までくらいの夫婦かファミリーで、基本生活費10万円程度で暮らしている人が対象だという。「貧乏人ならたくさんおるから聞いてみたるわ」と電話を切った。丁度そこにいたYT夫妻とHS夫妻に「君ら貧乏人にピッタリの話があるねん」ときりだした。するとどうだ、普段あれほど「金が無い」と言い回り、ご近所宴会では「貧乏自慢」に花が咲くのに、「ウチは、ローンだけで10万近いし、正業に就いたとこやしあかんよな」「ウチは月30万いや50万かかってるかなぁ」なんて、急に見栄を張り始めた。それからは、お互い相手の貧乏ぶり追及バトルとなったが、結局そこに居なかったマロ夫妻を出そうということに決めた。あくる日マロ夫妻を加えて再度貧乏告発バトルとなった。「私はシャチョーよ」と夫人はのたまい、「俺は運転手兼専務やで」とマロ何もセンムはほざいた。確かにマロの家は立派過ぎる。俺は「ほんなら家は我家を使い、嫁ハンは花ちゃんを使うということでどうや」と提案した。いやいや貧乏顔NO1は××やで!てなことで、盛り上がっているところにやってきたのがスウェーデン人のネリンガンちゃん、誰が英語喋れるねんとみんな顔を見合わせて気まずい沈黙。
一緒にきたユーコちゃんが通訳できるとわかると、一変して質問攻撃が始った。
ネリンガンちゃんに一言だけ伝えておきたい。
「海平の人たちが平均的な日本人ではない」ということを。

番組は悪いものでは無かった。
特に俺達団塊の世代が定年退職後の暮らし方の一つの提案ではあろう。
しかし、俺はきちんと言っておきたい。
よほど特殊な条件が無い限り10万円で夫婦が暮らすのは無理だ。
自給自足なんて絶対ありえない。
田舎でのんびり静かにというのも間違いだ。
人付き合いは都会より必要だし、毎日ワクワクドキドキするほどやりたいことがなければならない。

俺の田舎暮らしの3つのポイントは
①月20万円の資金
②楽天性と素朴な気持ち
③笑顔

です。

で出演の方はどうなったかって?
人が出るのは面白が、自分が出るのは絶対嫌!てことでした。
正しい結論だ。
2日間盛り上がってよかった。

2005-10-29

風のたより VOL63

律儀な夫婦

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HR夫妻と女房は同い年、俺だけ一年下。
地元の人だが、我郷のすぐ下、車で2,3分のところでHR鉄工(株)を営んでいる。名称だけ聞くと鉄工所のようだが、一般土木建築工事は何でも請け負う工務店だ。
同年代ということもあって「我家の食料庫」「淡路島の実家」などと呼んで憚らないほど仲良くしてもらっている。
味噌、イカナゴのクギ煮、ハモ鍋、アジのてまり寿司、漬物等々郷土料理はほとんどHR夫人に教わった。
メカブ、ワカメからお寿司、お弁当、どこかに行ったお土産と、どれだけの食料をいただいたことか。
で夫人は島育ちかというと、コレが石川県生まれの北陸美人なのだ。(食い物を貰っていることと関係ない)
淡路島の陰謀により、北陸美人が一人拉致された。
淡路島の猛者と北陸美人がどうして付き合うことになったかというと、これが文通だと。まぁ、可愛い!その数何百通だとか、今でも大切にとってあるそうだ。島外から伴侶を連れ帰るというのはよくある話だが、そこでは終わらない。この夫婦、娘さんをきっちり石川県に嫁がせているのだ。コレは陰謀ではなく、たまたま娘さんの出合った伴侶が石川県の人だったのだ。したがって、石川県は美人保有数に変化なかったことになる。よく出来たお話しのようでもある。律儀な夫婦だ。

HR氏は足が不自由だ。27歳の時足場から転落し、瀕死の重傷を負った。ステッキを使えば自力歩行できるようになったのは奇跡的であるそうだ。氏と親しくなったのが54歳のときで「事故後同じ年数経った。当時はこの年まで生きれるとは考えられなかった」としみじみ語っていたのが忘れられない。氏もここまで大変な苦労をしたのだろうが、エライと思うのは婦人である。家事はもちろん、夫のリハビリから仕事のサポート、2人の幼子の子育てと、正に獅子奮迅の戦いだったといえるだろう。俺は周辺にいる中では、彼女が一番エライと思っている。大学の先生もいれば、会社の重役もいるが、彼女に比べたら屁みたいなもんだ。俺なんて、屁のツッパリにもならないと云う奴だ。屁のツッパリってどんなんや?一度見てみたいものだ。

氏には「早く仕事辞めて、一緒にあそぼうぜ」とけしかけるが「そうよなぁ」と云うだけで辞める気配はない。
仕事人間なのだ。人の何倍も苦労してきたのだから、人より少し早く辞めて女房孝行すればエエのに!跡継ぎの息子さんもおるねんから!
彼らとは時折一緒に外食する。今度は例の串かつの店やで。今日、喫茶部にきたお客さんが2500円のコースで腹いっぱいになったユーてたで。
写真はHR夫妻が我家から50mほどのところに建てた家、現在は息子さんファミリーが住んでいるが将来は交代する予定だそうな。

2005-10-24

風のたより VOL62

オーストラリアの風(10月17日)

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姪っ子のマヤちゃんが母親(義妹)、婚約者のアロン君(オーストラリア人)とやってきた。世界中を駆け巡っているアロン君であるが、短期滞在予定の大阪でマヤちゃんに一目惚れ、その後の予定を全てキャンセルして居着いてしまった。マヤちゃんは英会話が堪能だったため、コミュニケーションに支障はなく、あれよあれよと婚約が整ってしまった。マヤちゃんは身長170㎝を越える日本人離れしたスレンダー美人で、2人並んで歩いていも外国人同士のカップルのようだ。挙式は来年2月初旬だが、準備のため10月下旬には渡豪してしまう。淡路島の我家にはまだ一度も来た事がないので、出発前に彼の紹介がてら訪ねてくれたのだ。バス停に迎えに行ったとき、アロン君は初対面の俺に「けんじ?」と覚えたての名を呼んで握手してきた。緊張しているようだ。そうかそうか、考えたら俺より彼の方が緊張するわなぁ。俺の肩の力もフッと抜けた。
それからは、言葉は全く分らないけど、特に違和感なく一緒に過ごした。

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夜は婚約祝いパーティということにし、近所の3夫妻を呼んでいた。俺達夫婦だけでは間がもたんやろと助っ人のつもりだったのだが、やはりというか、当然というか全く役に立たなかった。。外国赴任が長いジュリー&花ちゃん夫妻だが、ジュリーは「スペイン語ならこうやねんけどなぁ」と会話をスペイン語に訳していた。そんなん結局誰にも分らんやろ!
YT夫妻は数え切れないくらい外国旅行をしているので期待していたが、夫人は「わたし、おばさん英語やからどうせ分らんよね」と岐阜弁で通した。マロ夫妻。マロは早々と酔っ払ってしまい、同じ話を繰り返し、時折「ジス、イズ、ア、ペン」と入れる。モーどうしようもない。結局いつもの海平アホバカ宴会ペースになり、我々は、大声で訳の分らんことをわめいていた。おしゃべりアロン君はいつの間にか寡黙なアロン君に変っていた。3人は、バス時間の関係で、8時前、帰っていった。結局飲んでしまった俺は運転が出来ず、YT氏に送ってもらった。
彼らは、もう二度と淡路島には来んやろなぁ。まぁ、オーストラリアで幸せにやりや。

マヤちゃんは幼い時に父親と死別している。母一人子一人でここまでやってきた。心から幸せを願っています。
結婚おめでとう。
俺は式には出席できないけど、女房が行く。アロンくんは、高所恐怖症で飛行機嫌いの俺に「パイロットに頼んで、海面すれすれに飛んでもらうから大丈夫よ」と誘ってくれたが・・・・

風のたより VOL61

淡路島オフ会(10月12日)

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俺はつい最近まで「オフ会」という意味を知らなかった。ただ、仕事がオンで、休日がオフ、お休みに集る会と単純に思っていた。パソコンで繋がっている仲間が、パソコンをオフにして、実際に寄り集まることとは、あぁ~ぁ、しらなんだ。
知ったからには一度オフ会なるものをやってやろうと思っていた。
デッキ完成にかこつけて、俺のほうから声をかけた。「くーみんの部屋」に集う洲本ネット組(俺は勝手にくーみん組と呼んでいる)と、ハルボン倶楽部BBSレギュラー淡路島在住組の合同オフ会ということにした。俺達夫婦を含め、14名集ったが全員知っているのは俺だけだ。ネット上では毎日交信している者同士が、初対面の挨拶をしているのは、どこかよそよそしく、また親しげで、おかしかった。
お一人500円も会費をいただくので、俺は渾身の4品を作った。パエリア、ミネストローネスープ、トマトのガスパチョサラダ、大根サラダ帆立風味、コレに女房の焼いたアップルパイとコーヒー。みなさん、ランチはお楽しみいただけましたでしょうか。お昼であることと、運転手さんも必要ということで、飲めた人と飲めなかった人のテンションの差はありましたが、まぁ、取っ組み合いのケンカもなく誹謗中傷もとばず、まずまず和気藹々と過ごせたのではないでしょうか。
くーみん組長はじめ、何人かご都合の悪い方がおられたのと、後で知って「私も参加したかった」なんて声も聞こえてきました。今度は人数はかまわずやれるバーベキュ形式でたくさん集りましょうかね。さて2回目は実現するのでしょうか?

正直余り馴染んでいない方もおられますので、迷惑掛けたらいけないと、ハンドルネームを含め個人名は出さないようにしましたが、最年長もーさん!絶好調でしたね。今度は一緒に夜宴会やりましょ!

風のたより VOL60

05年 第2回海平卓球大会(10月9日)

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第2回海平卓球大会は男子8名、女子10名のエントリーで行われた。俺は運営を任されているので、一計を案じた。
試合はトーナメント(敗者復活戦あり)方式なので、男子の部で、一回戦で負け、敗者復活戦でも負けた者は、女子の敗者復活戦に組み込むことにした。ここでも負けたら、海平最弱ということになる。で、女子敗者復活戦に組み込まれたのは、何を隠そう俺やった。要らん事せなんだたよかった。でも、考えてみると俺は、昨年の大会以来丸1年ぶりにラケットを手にしたのだ。もう一人に惨め男はジュリーだった。彼は週2回、欠かさず練習に励んでいるのに・・・

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夜は表彰式&反省会という名の宴会だ。我郷では珍しく会費制(1000円)だった。
優勝者は男子:マロ、女子:花ちゃんで、長老TN氏より授与された。前回優勝者いっちゃん&ナース夫妻にはレプリカが送られた。優賞品は順位に関係なく、抽選で半分の人に当たった。俺達は夫婦共々当たった。ラッキー!
優勝者スピーチがあったが、例によって誰も聞いていない。2位、3位の弁くらいから盛り上がりはじめ、一度も勝てなかった人のスピーチになる頃はやんやの喝采で大盛り上がりだった。
それにしても、大会参加者は18名なのに、宴会には25名参加。ここはそういうとこでんねん!

ケガの功名・半月板男
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卓球大会の終わりごろ、久しぶりにひょこっと顔を現したのはIO夫妻(大阪在住)、赤ちゃんを抱いている。旦那は中年サーファーで、大きなキャンピングカーを駆って、毎週、高知県まで波乗りに通っているという。夫妻ともそこそこの年齢だが、子宝に恵まれず、愛犬ミユーを子どものように可愛がっていた。そんなことで、高知にも近くなり、大阪に通勤可能ということで、我家の2軒隣の土地を取得し、我々のアホーライフ入りしようと目論んでいた。ちょくちょく遊びに来ていたのに、ある日パッタリこなくなった。半年振りに電話があって、懐妊を知った。それから半年後赤ちゃんを連れて現れたという言うわけだ。1年ほど前、旦那は半月板を損傷し、2,3日休養せざるえなかった。動き回ることも出来ず家でゴロゴロしていると、半月板の上の方がムズムズしてきて、妻を引き寄せた。そのとき出来たのが俊介くんなんだそうな。これまで、頑張っても頑張っても出来なかった赤ちゃんなのに、正にケガの功名だと得意げであった。子育てに夢中で、それまで一身に愛情を集めていた愛犬ミユーはストレスいっぱいのようだが、もうすぐ一緒に仲良く遊ぶようになるやろ。
俊介君が生まれて初めてのお出かけがハルボン倶楽部だったなんて、嬉しいやん。
でも、淡路島暮らしはあきらめたのかなぁ。

2005-10-23

風のたより VOL59

第二期5ヵ年計画レポート

業者に依頼したデッキ工事終了後は、全て自力製作するのだと鼻の穴を膨らませて1ヵ月余り、作業は順調に進行している。順調すぎて、材料を全て使い果たし、現在一時休止状態である。この一ヶ月はホント楽しかった。夜は翌日作業の段取りや材料買い足し見積もりのなどに頭を巡らし、朝は暗いうちから目を覚まし、早く明るくなれと念じていた。一刻も早く作業を開始したいのだ。この間、釣りには一度も行っていない。畑もかなりおろそかになっている。自分でも信じられないほど夢中になっていた。淡路島暮らし第二期のスタートは、さらにバージョンアップしたワクワクドキドキ計画である。エエゾ!エエゾ!

①デッキ下囲い ここは来年の春先にする予定だったのだが、思いの外雨の吹込みがひどく、このまま_727
では物置場として全く機能しないので、急遽始めた。全く未経験のことで、何がどれくらいかもわからないし、やってみなくては上手く行くかどうかも分らない。何度やり直したことだろう。何度ホームセンターに足を運んだことだろう。店長さんと顔なじみになってしまった。4mくらいの高さでの作業もあるのだが、足場も作らず長い梯子を少しずつ移動しながら進めた。高所恐怖症の俺は、めまいに耐えながらの作業だった。ひどいときは左手でぶら下がり、右手でドライバーを操作していた。自分でも信じられない離れ業だ。多少不満点もあるが、まずまずの出来で自信をもてたのが大きい。技術的なことより、強い気持ちがあれば、ど素人でもそこそこ出来るんだと思った。なにより楽しくやれたことが嬉しい。図に乗った俺は、会う人毎に「今日から棟梁と呼ぶように」と言いまくって、ヒンシュクをかった。俺もこれがなかったらエエ男やと思うねんけどなぁ。

②特等席 デッキそのものは鉄筋とコンクリートの塊である。コレを少しでもウッディ感覚にもって行くた_874
め、フェンスは太めの角材とし、ペンキもそれらしいものを塗った。床もスノコを敷き詰めた。約16畳分のスノコを作るのは結構根気のいる作業だった。腕前以前に、材質や切断も悪くげんなりもしたが、ここは我慢、敷き詰めの工夫で目立たないようにした。さて、フェンスができた時点で判明した問題が一つ。普通の椅子に座ると、目線の高さにフェンスがあって、肝心の海のロケーションが分断されてしまうのだ。高い椅子とテーブルを作ろうかとも考えたが、一角に台を作り、ここにテーブルセットを置くことにした。台は大人数宴会時のテーブルにもなるからだ。残り材でテーブルを作った。無骨ながら結構気に入っている。ここが我家の特等席になった。コレまで見えなかった和歌山の友が島が、ここから見えます。コーヒーブレイクしにきてください。絶対気に入りますよ。
ある夜、このテーブルの上に人形作家MZさんが持ち込んだハロウィンのカボチャにロウソクを灯した。柔らかな黄色い光がゆれ、その向こうは大阪湾の水面に月の道が蒼く輝き、その向こうには対岸の夜景が、大阪南端から神戸西端まで続いていた。空には満月。そうか、今日は晩秋の名月なんや。淡路島、最高!

③楽園への階段 今回取得した土地は我家の裏側にあたる。裏側だがここから大阪湾が一望できる我_868
家のメインである。この景観を確保するために取得した土地であるが、取得した以上、有効利用したいと思うのは人情というもんだろう。そのためにはまず通路、ここは斜面だから階段が必要だ。ツルハシとシャベルで一段一段手掘りしながら、擬木をはめ込んでいった。2週間はかかるだろうなと思っていたのだが、俺に異常アドレナリン発生で3日間で開通してしまった。腰痛部からクレームが付く寸前で終えたのも神がかり的だ。今回設置したのが25段、少し踊り場のようになって、そこから、デッキとツライチの庭面まで18段、さらに玄関まで5段、計48段である。敷地内で48段登らないと行き着かない家って、大豪邸?さぁ、「人生の楽園へと続く階段」を登りにきませんか。まぁ、茶でも飲んでいきいなぁ。
余談になるが、おれはこの一連の作業で4㎏痩せた。別名「ダイエット階段」とも呼んでいる。
そこのあなた、階段を登りに来たらどうですか?

2005-10-21

風のたより VOL58

「風のたより」PART2のごあいさつ

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淡路島に移り住んで一年半ほどは文字通りお便りとして、友人・親戚に月一ペースで郵送していたのを、マロJrと出会い、ホームページを開設してもらうことになりました。彼は知り合ってまもなく名古屋に移住してしまったので、俺は原稿をメールで添付すると、それが俺のホームページとして開示されていくという、パソコン音痴の俺には魔法としか思えない状況が出現しました。1年以内くらいには自分で管理できるようになろうと思い、ホームぺージビルダーなんか購入したりしましたが、頭が悪い上、向上心もなく、少しはじめては挫折を繰り返し、結果としてJrに頼りっぱなしでズルズル3年間、今日まで来てしまいました。
今回、やっと愉悠舎さんのアドバイスを受けながら、自力で出来そうなブログを開設し、ここで「風のたより」PART2として引き継ぐことにしました。ブログ自体、まだほとんど解りませんが、ホームページに比べたら形式もワンパターンで味気ないように思います。それだからこそ自分にも出来るのでしょう。
そんな訳で、パソコンのプロであるJrに管理してもらっていたコレまでに比べたら、読みづらく愛想のないものになるのは仕方のないことですが、「風のたより」は、ここでコレまでと同じように「怪しく、アホらしく」をモットーに、細々と続けていきますので、今後ともよろしくお願いします。

尚、コレまでは「月一お便り」でしたが、これからは書きたいときにドンドン書き、ネタがなければ書かかないという不定期便にしようと思っています。まぁ、平均すれば週一程度のアップになるかなぁと思っております。
したがって、時間があれば時々覗いてやってください。

それから、あえてこのブログではコメント(返信)はしてもらえないようにしております。
俺の一方的で独断と偏見に満ち溢れた愛と真実のお便りにしたいためです。
ご意見、お届け物、異議反論、お褒め言葉、誤植の指摘等々ありましたら、メールかBBSの方にお願いします。

それからそれから、バックナンバーの引用はよくあることでなので、ホームページの方はそのままで、そこからここへリンクできるようにしてもらいます。
「してもらいます」というのが、哀しいけど!

ここまで全面的にお世話になったマロJrには、改めて心よりお礼申し上げます。
よくぞ、こんなアホなオッサンの面倒を、3年にも渡って見てくれたもんです。
あんたは偉い!忍耐強い!
ホームページのお陰で、どれだけたくさんの素敵な人と出合えたことでしょう。
全く思いがけず、テレビ、ラジオ、雑誌に登場するきっかけも作ってくれました。
淡路島の人里離れた崖っぷちに暮らす中年夫婦に、無限の広がりを与えてもらいました。
しかしながら、年齢的なこともあって、何時までも広がりっぱなしでいる訳にもいかず、これからはしばらく現状維持を心がけ、それから少しずつ縮小方向へ移行していこうと考えています。
今、周りにいる人を精一杯大切にして生きていきたいと思っております。

てな殊勝なことを言っているのも束の間、これからアホアホ系駄文は無制限に洪水のごとく溢れ、周辺に甚大な被害を及ぼすのであります。
まずは、ご挨拶まで!