« 2005年12月 | メイン | 2006年2月 »

2006-01-31

風のたより VOL127

ひねくれ者に愛を

先だって作成した10人掛けテーブルは完成のつもりだったが、こぼれた汁などが滲みこんで、拭いても取れないことが判明した。それで塗装することにした。午後、やっと雨が止んだので、外でサンダーをかける。コノ作業を納屋ですると、置いてある物全てに粉塵が掛かり後始末が容易でないのだ。サンダーをかけ終え、納屋に運び塗装しようとすると、脚がガタガタする。天板はひねくれていたが、脚だけはドシーンと安定していたのにドーユー訳だ。天板を外してよく観察すると、脚部分もひねくれ曲がっている。外での作業の時、地面が凸凹で4本の脚がそれに馴染んでしまい、逆に平面では地に付かない脚が出来てしまったようだ。「ひねくれて足が地に付いていない」まるで俺のようだ。ひねくれ者には愛が必要だ。凸凹に馴染んだのだから、また平面にも馴染むようにと優しく言い聞かせ、浮いている脚の上に重しをして無理やり地にくっ付けている。俺に愛の重しをかけてくれる人は誰なんだろう。女房じゃ重過ぎる。他にもいくつか不都合がある。一つは色が濃すぎた。小失敗。それになんや石油のような匂いが強く、しばらく消えそうもない。ヨワラー!(まずまず、うまく使えた)

甲子園

とちょっと気分が滅入りがちなところに朗報が飛び込んだ。PL学園が春の選抜高校野球大会への出場を決めた。ここはもう実名でエエやろ、近所の宴会仲間・岡本夫妻(小坊主&ココマロ)の次男がレギュラー(内野手)なのだ。今年の正月も帰省した時、新年会に参加してくれた。出場は90%間違いないと思っていたが、ほんの少し不安材料があったので、本決まりになって安心というところだ。さあ、また甲子園に応援にいける。淡路島に来て5年、その間に盛岡大付属高の小林君が3度、そして今回の岡本君と4度直接の知り合いが甲子園に出場する。俺は大阪で30年教師をしていたのだから、教え子や知人の子が一人くらい出場していても不思議でないのに、一度もなかった。それが淡路島に来て5年で4度だから、こちらの方が不思議といえそうだ。岡本君に「ウチに来て一緒に飯食った高校球児は必ず甲子園に出場するねん!」と言ったのが本当になった。ハルボン倶楽部はウソ言わない!さぁ、春が楽しみだ。もちろん、狙いは祝勝宴会にある。

2006-01-30

風のたより VOL126

ボローニァの風 9

俺が無知だと言ってしまえばそれまでだが、イタリアという国は地中海に面した温暖な気候だと思っていた。ところがボローニァは北海道南部辺りの経度らしく、冬は氷点下8度なんて日も珍しくないらしい。寒~~~~!考えてみれば日本だって北海道と沖縄は同じ国とは思えないほど気候風土が違うもんなぁ。それに、もうすぐ始まる冬季五輪はトリノなのだから、しっかり雪が積もってないとまずいわなぁ。

貨幣価値は日本とほぼ同等らしいが、息子達が主食としているバスタは500g35円、お米は1㎏28円やって。パスタは1/5、お米は1/10くらいというところか。貧乏暮らしの2人にとっては助かるよなぁ。

Photo_15 寒い、寒い。この日は氷点下8度やって。ここでは誰も落ち葉掃除はしないらしい。

Pho_10 焼き栗売りの屋台。日本と変らぬ風景。

Pho_13 日本のビールの宣伝かと思えば、和食レストランの車やって。ロゴ盗用?

Photo_16 チーズやハムは量り売りが普通なそうな。日本で買えば高いポルチーニ茸も、量り売りで格安なんやって。

2006-01-29

風のたより VOL125

7回忌

03712_016実姉(下の姉)の7回忌に行ってきた。54歳で亡くなったから、生きていれば還暦ということか。彼女については「風のたより」VOL.20(2002師走号)の「KEN君、CHIKAちゃんの結婚に思う」で触れている。少しダブルが、女房が乳癌の手術をする時見舞いに来てくれ、「私も気をつけなきゃ」と言っていたのに、翌年乳癌が発覚、その時はもう手遅れ状態、その翌年の2000年2月逝去した。今住んでいる淡路島の家の設計図ができ、その夏完成予定で、一度は来て貰えるだろ思っていた矢先だった。1ヵ月後には初孫も生まれる予定だった。

それ以前の5年間は、さすがの俺も落ち込み、頭がおかしくなるほど不幸続きだった。

1996年9月 母親を亡くした。俺がもう少し気遣いできる人間だったら、まだ死なせないで済んだかもしれない。後悔の念が一杯で、今も時折うなされことがある。葬式の時、号泣してしまった。あんなに涙を流したことは、物心ついて初めてだ。

同じ年の12月 東京から母親の葬式に来ていた甥(上の姉の次男)25歳が亡くなった。葬式から帰ってすぐ癌が発覚、若いだけに進行も早く3ヶ月後のことだった。彼はイトコ連中の中でも出色の秀才で、慶応大学の特待生として入学、大学院卒後大手IT産業研究室に就職したばかりだった。気丈な姉だが「なぜ息子の異変に気付いてやれなかったのか」と自分を責め、心身症になってしまった。

1998年 女房が乳癌発覚。12月手術。成功するが、しばらくは放射線治療、定期健診が続く。「俺より早く女房が死ぬ事だってありえるのだ」と初めて思った。

この後、上記の姉の死に続く訳だ。

今思い起こしても、当時俺が多少おかしくなっても仕方ないだろうなと思う。それでも俺は根っからのアホで楽天的に出来ている。俺の出した結論は「人間なんか何時死ぬか分らん。やりたいことは先にやってしまおう」ということだった。我ながら単純だ。でも単純なお陰で、さっさと仕事を辞め、淡路島に移住し、もう5年もこうして楽しく暮らしている。

そして、時折こうして死者を思っている。無宗教の俺だが、死者はしっかり俺の中で生きている。彼等が俺の命や幸せを維持してくれていると思っている。

2006-01-28

風のたより VOL124

宴会席順当てクイズ

今日も賑やかな午後でした。結局何人来たのかなぁ?14人かなぁ?ヨー分らん!

洲本ネット組新年会の流れで、ももこさんと満月さんの二人連れ。ソコにfujiさん率いる4人連れが合流。確か満月さんが始めてきたのは、fujiさんに連れられてじゃなかったのかなぁ。違っていたらスマン!初顔合わせの方もいただろうに、なんや旧知の間のように盛り上がっておりました。記念写真なども撮っていたなぁ。俺はハゼかぶれ禍で鼻の右側が3箇所陥没しているので、左から写してもらうのに苦心した。どうもコノ陥没は埋まりそうもない。今後は陥没鼻で人類を魅了することにした。

_033 この一行が帰った後、ドドドッとやってきたのが郷内の卓球部の連中5人。コノ連中は10人ほどで、水・木と宿泊合宿をしてきたそうな。岩屋にある神戸製鋼の保養所に泊り、フグのフルコースをたらふく食らい飲んだくれるという実に正しい合宿だったようだ。あくる日の朝、ジュリーの体重は800g増え、妻の花ちゃんと合わせ?㎏に単位が変ったとか。そんなことはともかく、このような宿泊宴会をした後は、参加しなかった者が、宴会場での席順当てクイズに挑戦する慣わしになっている。行かなかったYT夫妻と俺達夫婦が、参加した連中5人に誘導尋問を掛けながら、推理していく。前回、土佐旅行の時は、俺が語り草になるような完璧な推理を見せた。しかし、今回は男女が交互に席に着くというベースはあったものの、後は抽選ということで推理は成り立たない。それでもYT夫人を中心に、一応の回答をしたが、あえ無くブー。賞品の「フグ食べ放題白子付き」の夢は潰えた。おまけの第2回答もブーで「ジュリーの勇気カレー」も食べ損ねた。まぁ、しかし、これだけで51歳から74歳までのオッサンとオバハン9名が1時間盛り上がっているのだから、とても平和な郷だ。アホともいう。

_153 でも、ちょっとマジっぽく考えると、参加した者としなかった者の垣根がサ-と取り払われる。これを言い出したのはMS氏(コマロ)だが、こういうところには天才的な気遣いを見せる酔っ払いである。

それにしても、喫茶部は休業中のはずやねんけどなぁ。

2006-01-27

風のたより VOL123

温泉部

冬場は温泉によく行く。チョッとした非日常、贅沢ということもあるのだが、我家なりの事情というものもある。我家の風呂は、湯船にお湯を入れる機能しかなく、種火で保温したり、追い焚きして温め直したり出来ない。冬場はすぐお湯がさめるので、素早く済ませて、女房と交代せねばならない。もちろん俺が二番手のこともある。もう、さむさむという云う感じで出てくるのである。ゆったり温まる雰囲気などみじんもない。バタバタサムサムの風呂だ。

そこで温泉ということになる。大きな浴槽、溢れるお湯の中に身体を浸す。「極楽、極楽」と呟く自分は少し悲しい。汗をかくほどゆっくり浸かり、次はジェットバスで身体をほぐす。一旦出て皮膚がむけるのではないかというくらい時間をかけてゴシゴシ擦る。洗い流すと体重が軽くなった気分だ。最後に露天風呂につかり、空を眺める。とても幸せな気分だ。以前はサウナも楽しみだったが、この頃は年のせいか息苦しく感じるので止めている。風呂場から出て冷たいお茶を買い、畳の休憩室で一気飲み、しばし横になる。身も心もトロトロになる。温泉はいいなぁ。

_208_1 例のハゼかぶれ禍があって、今日は1ヵ月ぶりの温泉だ。五色の「ウエルネス・ゆーゆー5」へ行った。我家からは少し遠いが、レディスデイで女性は半額だからだ。おばはんもレディスに分類されているようでラッキーだった。大阪では駄目かも知れない。一人分でも300円安いというのは得した気分。

_210_1 この頃、温泉→ランチ→夕日の家MT邸でお茶というパターンが続いている。今日はランチの店の当てもなかったので、スーパーでサンドイッチを買い、MT邸でランチさせてもらうことにした。携帯で「いますか?これから行くのでコーヒー淹れといて」と連絡。この夫婦といると兎に角話が弾む。話題がポンポン飛ぶ。少し油断すると口を挟めなくなる。1時すぎ着いたのに、気がつくと4時半なんて感じだ。こんな風に何度も長時間話しているのに「その話し初めて聞いた」ということが必ずある。話題の豊富さ、話の面白さ、交友の広さには毎度びっくらこく。今日も幾つもの話題が飛び交ったが、印象に残っているのを一つ。彼等の長男はイタリアに7年ほど留学していた。帰国後、社長曰く「人身売買」の会社に就職。たぶんエイジェンシーの会社だと思う。あのサッカーのカズ選手、バレーボールの大林素子選手などのイタリアプロチーム入りをとりまとめたそうだ。長男氏は、イタリア語堪能なので、交渉からイタリアでの暮らしの世話まで中心的な役割を果たしたそうだ。「そう云えば、彼等がイタリアチーム所属していたことは聞いたことがあるよなぁ」と思い出した。特に興味のない俺でもが知っている出来事に、直接的にからんでいるなんて「へぇ~」て思うよな。別に思わんでもかまわんけど・・・・。いくつかエピソードも聞いたけど、それは書かないほうがいいかな。

てなことで、冬の楽しい一日でした。話が弾む仲間がいるのは幸せだと思う。

明日(土曜日)は、喫茶部はおやすみですが、お閑な人はお茶しに来てください。

明後日(日曜日)は、神戸で法事のため一日いません。

2006-01-26

風のたより VOL122

一人の時間

_707 女房は月一ペースで大阪の実家に出向く。それなりの理由もあってのことだが、旧友とランチしたり、買い物したりと自分の楽しみでもあるようだ。海平的表現だと「嫁ハンに逃げられた」となる。10:20津名BT発直行バスに乗ると12:00ジャスト大阪駅に着く。実家は徒歩圏内だから便利この上ない。火曜日出発、木曜日16:40帰島パターンが多い。今日も先ほど帰ってきたところだ。

さて、我郷には夫婦2人暮らしというのが多い。そのうち半分は2人とも仕事をしていない。つまり下手すりゃ四六時中一緒にいることになる。この場合「濡れ落ち葉」といわれるように男の方が圧倒的に不利だ。熟年離婚にも発展しかねない。2人だけにならない方法として、他の人も一緒にいるか、一人になるしかない。

前者については、ウチは満点だろう。ご近所宴会、喫茶部、歩こう会、チョッと旅など大勢の中に紛れる回数、時間とも多い方だといえるだろう。といっても誰か比べる対象があるわけじゃないが

問題は一人になる時間だ。日常的には女房が陶芸に行く時間帯(週一の午後)と俺が釣りに行く時間帯だけで、前述の2泊3日実家帰りというのはとても大きな位置を占めている。お互い一人になる時間を大切にしなければならないと思う反面、3日女房がいないことは、正直シンドことでもある。海平的表現だと「嫁はん恋しいんやろ、さみしいのやろ」ということになる。そういうことにしておくのが大人の対応という奴なのだろうが、実は食事の問題なのだ。俺は料理が出来ないわけではない。しかし、自分のためだけに作ろうとは全く思わない。1時間かけて作り、10分で食べて、片付けに10分なんて面倒くさい。好きなコーヒーを淹れるのでさえ面倒に思う。で、女房のいない2泊3日の7食は悲惨なことになる。レトルト食品、冷凍食品、カップ麺、パン、コンビに弁当などの組み合わせになる。栄養のバランスなんてとんでもない。朝は普段は絶対飲まない牛乳でパンを流し込んで終わりというのもある。今思うと、今朝など立ったまま食っていたなぁ。

_037 退職後は夫婦2人暮らしという方が多いと思うが、2人でいる時間、1人でいる時間、大勢といる時間をバランスよく作ることが、夫婦円満の秘訣でっせー。

ん?  ウチ? 「もちろん、上手くいってまっせー」       う~む、大人の対応だ!

2006-01-25

風のたより VOL121

ヨワラーの人

_018 淡路弁とでも言えばいいのだろうか、淡路島独特の方言、言い回しがある。しかし、俺の住んでいるところは所謂別荘分譲地で、定住家庭は二十数軒あるが、ほとんどが京阪神からの移住者である。したがって、普段は大阪弁、神戸弁の中で過ごしている。というようなことで淡路島で5年暮らしているが、淡路弁を自然且つ有効に使うことが出来ない。大学の4年間、山梨県都留市というところで過ごしたが、相当山梨弁に染まり、大阪にUターンして少し困った経験がある。俺は淡路島に骨を埋める気でいるから、淡路弁に染まってもなんら差し支えないのだが、上手くいかないものだ。

淡路弁で一番のお気に入りは「ヨワラー」である。チョッと困った時に使う方言なのだが、結構幅広く使えて、イントネーションもなかなか良い。この「ヨワラー」使いの名人が、新聞集金のおばさんだ。おばさんといっても、も70歳はとうに越えているだろう。我郷までの曲がりくねった急坂を原チャリで果敢にやってくる。「ピンポーン」と玄関チャイムが鳴って出ると「いつまでもサムーてヨワラー」といきなりヨワラー攻撃。「年取ると、シンドーてなぁヨワラーよ」おっと、ヨワラー二段攻撃。お金を取り引き返すと必ず「ゆっくりでええよ。急に来てもヨワラーなぁ」おおおっ三位一体ヨワラー攻撃。もう感動に咽び、お金を渡す手も震える。Photo

このおばさん、なんどか水仙、菖蒲などの球根苗を持ってきてくれたことがある。「よーけー増えてヨワラーよ。モーてくれるけ」

でも、このおばさん、昨年暮れでお役御免。もう集金に来なくなってしまった。長老TN氏もヨワラーおばさんのファンで、とても残念がっていた。

ヨワラーが聞けなくなってヨワラーよ。

2006-01-24

風のたより VOL120

ボローニァの風 8

無事とは云い難いが、なんとか荷物も到着したようで、早速同宿のトルコ青年を招いて「寿しパーティ」をしたようだ。ご飯の炊き上がりも寿司飯も、手巻きの具材も味噌汁も上手く出来たようだ。まぁ、イタリアンとはいえ料理人の端のもう一つ先端に引っ掛っている者が言うのだから、そこそこの出来具合だったのだろう。

しかしコレが全くの不評だったという。最初、あらかじめ巻いた3種を食べさせ、そのあとは自分で巻いて食べる段取りだったらしいが、一口で「こりゃ駄目だ」と判断したらしく、部屋に戻り、なんや訳の分らん自国のソースを持ってき、ジャブジャブかけながら、無理して食っていたようだ。あてがわれた3個を食べ終えると、後はツナ缶ばかり食べていたそうな。味噌汁も全く受け入れられなかったそうだ。その上、やたら甘い自国の酒を持ち込んで、これも完全ミスマッチ。

大げさに感謝の意は表したようだが、散々なパーティになってしまったようだ。俺の、送り賃16200円は仇花と散った。それにしても。トルコにも寿司屋があって、よく食べていたというから今回の企画をしたのに、ドー云うことよ。息子作ったのがよほど酷かったのか、彼等が自国で食っていたという寿しがまがい物だったのか?よーし、こうなったら「納豆」「くさや」「桃屋の江戸紫」「大根の漬物」など送ってやろう。無理やり食わせて、二度と日本食好きとわ言わせないようにしようぜ。

Pho_3 引きつった笑顔のトルコ青年。

Pho_4

ステイ先のおばさんが差し入れてくれた揚げ菓子

2006-01-23

風のたより VOL119

田舎暮らし考 2

_200 今日は、庭の踏石を一回り大きいものに取り替えた。いつもながら俺は、仕事は早いが雑でヨワラーよ。

淡路島で暮らし始めて以来、「風のたより」で、あんなことしたこんなことしたと何かにつけて発信してきた。確かに出来るだけ業者に頼まず自力でやることを原則としているし、野菜も作れば魚も釣る。でもこのことが誤解され、さも自給自足の生活をしているように思われているフシがある。「人生の楽園」というテレビに出たときもそのようにいわれ、とても戸惑った。というより、自給自足の暮らしができるなんて思って田舎暮らしを始める人がいたら、大変なことになる。今の世の中で自給自足なんてあり得ない。絶対にお金が必要だ。田舎だって、貯蓄があるか仕事をするかでないと暮らしは成り立たない。野菜作りも、魚釣りもシビアに計算すれば買った方が安いかもしれない。木工など出来合いの製品を買う方が安くつく場合もある。これらのことはケチって自力でやってるのではなく、楽しみとしてやっているのだ。趣味そのものなのだ。

_196 ただ、出費を抑えることは可能だ。俺自身のことで云うと、大阪で暮らしていたころ当たり前だったことが、現在は止めたり、極端に少なくなっていることがたくさんある。たばこと散髪は止めた。年間10万円以上浮くだろう。ギャンブルも止めた。これはどれくらい浮くか計算できない。(結構強かったから・・・小さい声で) 釣りには交通費だけで年間50万円くらいかかっていたが今は必要ない。外食、服装代も極端に減った。コレだけで俺一人の年間生活費は賄えそうだ。

しかしだ、田舎暮らしでは、またそれなりに必要な費用がある。その代表格が機具と材料だ。自力で何かしようとすれば、必ず何らかの道具、材料は要る訳で、自力でしようとすればするほど費用はかさむのである。つまり、何にもせんとボーとしていることが一番経済的な暮らしということになる。しかし、普段忙しくしている人が「何にもしない贅沢」なんていう訳で、普段閑な人が何もしないでいるというのも苦痛というか、なんや生きてる気がしないだろう。

「経済的基盤と退屈しない程度にやりたいこと」があるというのが、退職後田舎暮らしの最低必要条件だと思うのであります。

俺は、やりたい事はたくさんあるが、やらねばならないことは何もないという暮らしを楽しんでいます。経済的にというのが?マークだ。年金満額_204取得まで、まだ8年ある。それまでは何とか生き延びるつもりだが、年金が現在の水準を下回ればマジやばい。しかし、まぁ、そのときはこのハゲ頭を活かして、托鉢でもして回ろう。そう、楽天的というもの、田舎暮らしの大切な要素だと思う。まぁ、何とかなるさ。

今日は神戸の町がくっきり見えた。

2006-01-22

風のたより VOL118

幻のメロンパンとアロハーの花ちゃん

_185 喫茶部は休業中だが、相変わらずの騒がしい日曜日の午後となりました。女房は時おり思い出したようにメロンパンを焼く。幻のメロンパンと云われる所以だ。俺はコレが大好物で、正直お店のメロンパンは買う気がしない。結構ファンもいるし、一度も当たったことがないと嘆く者もいる。特に焼きたてはたまらん!今日のはじっくり時間をかけて焼いたとかで、特_186にホワホワのホッカホッカだった。

そのメロンパンを目指して、YT夫妻がやってきた。なんと本物のメロンを持参している。この季節になんという贅沢な・・・・。ソコにコマロ夫妻登場。メロン&メロンパンを食べながら3組の夫婦で盛り上がっているところに、「アロハー」と現れたのがジュリー&花ちゃん夫妻。花ちゃんはハワイから帰ったばかりで、ジュリーは愛媛県の田舎から帰ったばかりだ。力関係が歴然としているとても分り易い夫婦だ。定番ナッツのチョコレート(ハワイ)とジャコ天(愛媛)のお土産つき。結局、海平最強ビューティ4(ヘビー級)が揃い踏み。あ~、どすこい、どすこい!花ちゃんはしばらくの間「アロハー」と呼ぶことになった。

しかし、冷静に考えてみると、あのナースが別荘族でよかったよなぁ。彼女までここに住んどってみ、恐ろしい日常になる。つくづく、そう思う。そやけど、最近仕事を辞めた「怪しい貿易商」がウロチョロし始めたなぁ。静かな暮らしを求めてやってきた俺の未来は騒がしい。

2006-01-21

風のたより VOL117

天保山ケーキ

_180 喫茶部再開はまだまだ先なのだが、先週からなんとなく始っているような、ないような、まぁ、とにかく人が集まるようになっています。女房は、そのへんを意識してか、朝からケーキを焼いていました。例年1月は、普段あまり作らないものを試作するのだが、今日は「モンブランケーキ」だった。思い起こせば昨年も作っていた。そして、今一うまくいかず、モンブランほど立派な山ではないが、日本一低い山の名ぐらい使ってもええやろということで「天保山ケーキ」と命名した。して今年は、最近凝っている淡路島第二位の標高を誇る柏原山ケーキを目指したが、やはり天保山どまりであった。う~む、残念!

しかし、洲本から「ももこさん母子」をはじめ、12名お客さんがあった。4時過ぎには新設10人掛けテーブルが丁度満席になり、いつも通りのバカ話が弾んだ。ケーキ&コーヒーはともかく、人が寄り集まれば楽しい。2月12日までは一応休部なので、お金は取れないが、18日の正式再開からはコーヒー&ケーキ各150円に値上げします。ブーイングが多ければ100円に戻します。

2006-01-20

風のたより VOL116

ボローニァの風 7

荷物がやっと届いたようだ。高い料金払って一番早い便にしたのに丁度一週間。初めてのことなので、コレが普通なのかもしれないが、今一釈然としない。さらに、お好み焼き粉の袋が破裂して、他の品物は真っ白けのお化粧状態だったそうな。普通に運べば袋がはじけるなんて考えられないがなぁ。放り投げるなど相当乱暴な扱いだったとしか思えない。「もう送らん」などと喚いたけど、まぁ、親バカで、もう一度くらい送ってやろうかとも思っているけど ・・・・

K2_68_1 日本での人力車というところだろうか。いつも走っているというわけではなく、お祭りのようなイベントのとき活躍しているそうです。

  Mp11_2

息子作の「カルボナーラ」

これは、俺も何回も挑戦してみるが美味く出来たためしがない。

もう諦めた。

Mp12

コレも息子作「フォカッチャ」というものらしいが、ピザの一種にしか見えないがなぁ。

帰国したら作ってもらおう。

Mp13 貧乏暮らしながら、2人とも仲良く元気で楽しくやっているようだからいいか!

帰国したら、0からのスタートとなるが、0からなら大丈夫。

マイナスからはしんどいけどね。

2006-01-19

風のたより VOL115

海平的一日

Wellcome2今朝4時ごろ尿意で目を覚ます。いつもなら当然また温かいベッドに潜り込むのだが、今日は6時に起きねばならないので、このまま起きていようと着替えた。6時に女房を起こしておいて犬の散歩。帰ってくると女房は出かける準備が出来ている。日帰りバスツアーで奈良に行くんだと。同行のYT夫人を乗せて洲本に送る。

2人とも大阪暮らしが長く、奈良なんど厭きるほど行ってるだろうに、何でやというと、タダやから。何でタダやねんというと、ここから段々海平的になっていく。

このバス旅行はどこかのスーパーの主宰らしく、抽選に当たったのは、コマロ夫人と花ちゃん。花ちゃんは月曜日から大阪の友人とハワイに行っている。費用を捻出するためカーネーション農家に時給640円でアルバイトに行っていた。エライ!旦那の「置いてけぼりジュリー」は、勇気のカレーだけでは1週間は生きていけないと判断したのか、愛媛の田舎に帰った。

コマロ夫人は仕事の都合がつかず、結局その権利がYT夫人と女房に回ってきたというわけだ。つまりビューティ4(ヘビー級)の2人が入れ替わった形だ。旅行中はYT夫人が花ちゃんでコマロ夫人が女房ということで通すらしい。明らかなる反則技だが、プロレスではカウント5まで許される。

して、この日帰りバス旅行、いつも帰りが遅くなるそうだ。それで夕食は当たり居残りのコマロ夫人が用意しておくことになった。ついでに宴会しようと他の関係のない何人かに声を掛けているようだ。このへんがいかにも海平的なのであって、行かないものが夕食を作ってお迎えするのだ。我家も何度かお迎え役をしたことがある。

現在夕方5時、これから犬の散歩させて、ご近所宴会参加一品料理(今日は鯛のカルパッチョ)を作って、女房からの連絡を待つ。遅いようだとコマロ邸に行って食べ始めるが、アッシー君をしなければならないので飲めない。でも、久しぶりに奈良の「柿の葉寿し」が食べれる。もし買い忘れたりしていたら、あの2人、一週間は誰も口を利いてくれないだろう。

_176 この柿の葉寿しはお奨めです。

凄く美味しかった。

2006-01-18

風のたより VOL114

雑誌取材

_174雑誌の性格からして40歳以上のオッサン記者を想像していたが、昨春大学を卒業したばかりの若者がやってきた。俺より一つ年下の父親と一緒に始めたばかりの小さなというより、零細な出版社のようだ。来るなり手渡された創刊号をパラパラとめくってみたが、オ-ゾドックスな落ち着いた編集のように思えた。まだまだ不慣れな取材という感じだが、初々しさに好感が持てたので生来の「チョッとからかいたい気持ち」を抑えて、出来るだけ彼の意向に沿った話に努めた。

テープに録音し、掲載文章は父親が書くそうだ。まだまだ息子には任せられないというところか。それでも俺のホームページはキチンと読んできたようで「そんなことまで」ということを知っていた。取材相手の下調べは基本中の基本というところだろうが、アホがばれていることでもある・・・・・。1:00~2:30までの取材予定だったが、結局5:00までいた。写真もたくさん撮っていった。俺は自分が発信したいメッセージは充分話したつもりだが、紙面でどうなるかはあまり期待しないことにしている。俺がダラダラ喋った素材を、どんな風に料理するのかは編集者の裁量である。言ってもないことを書かれても困るが「ニュアンスとして違うがなぁ」と感じるくらいの誤差は仕方ないことだと思う。一応ゲラ刷りは見せてもらえるようだが、余程でない限りクレームなどつける気はない。田舎暮らしを熱望している人たちに、こんなパターンもあると知ってもらえれば嬉しく思う。

さっき、きちんと創刊号に目を通したが「真面目な雑誌」である。田舎暮らし系の本は幾つもあるが、関西の情報に搾ったのは初めてじゃないかな。創刊第2号は3月15日に発売されるそうだが、淡路島の書店に並ぶのかなぁ。田舎暮らしの本を田舎の人が読むというのも考えにくいしなぁ。

千都出版 

http://www.sento-pub.com

2006-01-17

風のたより VOL113

柏原山Ⅱ

お天気に誘われて柏原山に行ってきた。今回は女房と2人だけ。前回MT夫妻に案内してもらった時、行けなかったところを見ておきたかったのだ。

林道に入り、途中に「宮瀧公園」入り口の看板がある。車を降りて歩いてみるが、10分ほど行ったところで道が途切れていた。一昨年の台風で崩れたようだ。puchanさんが昨年秋、紅葉見物に行ったところだと思うが、別ルートがあるのかなぁ。

_163 諦めて山頂付近駐車場に車を停める。ソコから歩いて山頂を目指す。10分で到着。アリャリャ。ショボイ標識で記念撮影。淡路島第二位の標高を誇る柏原山山頂制覇!ソコからまた10分ほど歩いて北展望台へ行く。遠く洲本の街を見渡し、180°振り返ると海の向こう薄く島並みが見える。四国だと思うのだがよく分らないなぁ、なんて話しているとすぐ下を鹿が2頭走る抜けて行った。「鹿や~」と絶叫してしまった。女房は「大きな声出して恥ずかしいなぁ」というが、今日の柏原山に人がいる気配はない。

_166_169 一旦車に戻り、今度は由良方面の標識方向に歩いた。道分地蔵に差し掛かると、ドーンと景色が開けた。紀伊水道だと思う。海越しの山影は和歌山だろう。今日は解説MT氏がいないので「だろう?」ばかりだ。歩いてきた道は山頂から続く舗装道路なので、このまま下れば、多分「生石」に抜けると思うのだが、知っている人がいたら教えてください。

_170道分地蔵さんのところに写真のような標識もあり、ここは車は駄目だが、徒歩なら由良の町に辿り着けるということなのだろうか。いけるとしてどれ くらい時間が掛かるのだろうか。これも是非知りたい。可能なら歩いてみたいのだ。

今日は、由良に抜けるのは無理なので、散策コースになっている山道に分け入り駐車場を目指す。なんや段々車道から離れて行くようでヤバイかななんて思いながらも、小1時間汗ばむ程度歩いて駐車場に到着。計2時間ほどの気持ちいいウォーキングだった。

さて、どうしたもんかな。軟弱系だと山頂と2つの展望台くらいかなぁ。健脚組は、今日の俺達くらいでエエのかなぁ。柏原山は麓から登るには相当気合を入れてかからねばならないと思うが、山頂付近に車を停めて、周辺を歩くのが良さそうだ。3度目の下見をすることにしよう。

2006-01-16

風のたより VOL112

初釣り

初釣りに出かけた。波止場からのメバル専門、しかも島に住んでいる釣り師が、この時期に初釣りは情無いが、今年はハゼかぶれ禍があったので仕方ない。満を持して出かけたのに、釣り場に着くと電子浮のリチュウム電池がない。車まで取りに戻らなくてと思ってハタと気が付く。今日は我愛の軽トラできたんや。軽トラに愛は積んであるが、釣具の予備は積んでない。積んである乗用車は女房が乗って出かけていたのだ。仕方なく餌を買った釣具屋まで引き返し、新しく購入し、また釣り場に戻る。竿をセットし、今年の第1投、気合をいれて竿を振る。暗い海に真っ赤な浮トップが光る。ゆっくりと右から左に流れる。そうよ、これよ、この瞬間がいいのよ。と悦に入っていたら、なにやら嫌な感じ。ポツポツポツ、ザー、雨やん!何でやねん。天気予報では「晴れ後曇りところにより雨、降水確率10%」と書いてあったヤン。淡路島は「ところにより」という地域に属するんやな。アァ~知らなんだ。

約3分釣りしただけで納竿。で、ショボショボ、トボトボ帰ったとお思いでしょう。しか~し、このうらいでメゲるようでは一人前の釣り師でない。高い交通費を使い、大阪から通っていた時、暴風雨で一度も竿を出せずに帰ったこともある。折角来たのだからといって、無理するのが一番よくない。釣りは魚だけ相手にしているのではない。自然が相手だ。撤退する勇気も必要なのだ。釣れるとか、釣れないとか、サラサラ問題ではない。「釣りに行く」という行為そのものが美しいのだ。

_084釣り師には2種類の名人がいる。

魚を釣るのが上手なのと、言い訳が上手なのと・・・・

写真は柏原山からの友が島。

2006-01-15

風のたより VOL111

お試し喫茶部

久々に中田村の朝市に行った。白菜、春菊、白ネギ、みかんをゲット。大雪の影響で野菜が高騰しているようだが、ここはいつもと変らない。得した気分だ。帰りスーパー「リベラル」にも寄る。なんとリンゴが68円、レトルトカレー70円、卵1パック78円。ここでもなんや得した気分。

2 女房は早速アップルケーキを焼いた。するとどうだろう、特に声を掛けた訳ではないのに次々に人がやってくる。それぞれ違う用向きでくるのだが、結局子どもも含めて11人来て、いつもの喫茶部と変らない状態だった。なんと嗅覚の鋭い連中であることよ。なんのための長期休業やねん。でも、ヨー考えたら、このような状態から喫茶部は誕生したのだよなぁ。それに、できたてホヤホヤの10人がけテーブル・椅子セットを試すことが出来た。10人が一つの話題に参加できる隊形は、思い通り素晴らしい。しかも、幸いなことに全員のお尻が椅子に収まっていた。あと心配なのは・・・・・

_152 別荘組の「怪しい貿易商」が、顔に似合わん素敵な提案をし盛り上がった。海平の郷の道路は、ほとんどが曲がりくねった坂道か階段だが、一箇所だけ100m足らずの平坦直線道がある。その両側にプラタナスを植樹し、並木道にしようというのである。ビフォー・アフターの絵コンテまで用意してある。苗木は宝塚の家で育成中だという。もちろん諸手をあげて賛成だし、出来るだけの手伝いはするつもりだが、大きい苗木で1m弱、小さいのは20㎝ほどらしく、これらが並木として林立している姿を見ることが出来るのだろうか。「冬ソナ」のヨン様よろしく美女を伴なって歩くことが出来るのだろうか。全員、ヘルパーさんに車椅子を押してもらい散歩している図が浮かばないでもないが、まぁ、ええか!とりあえず、死にそうな人は見当たらない!

風のたより VOL110

田舎暮らし考

_874 今週の水曜日、田舎暮らしをテーマとする季刊誌「YOU遊時適~心ふるわす田舎生活」(千都出版)の取材を受けることになった。女房はこのての話を歓迎しないが、俺はホイホイと引き受けてしまう。機嫌の悪い女房を尻目に、実際これまで幾つかのメディアにマヌケ面を晒してきた。

_803 それは一つに、単純に面白そうだと思うからだ。どんな人がくるかなぁ?どんな質問されるやろ?俺たちの生活実態を面白おかしく伝えられるやろか?どんな記事になるんやろ?掲載後どんな反応があるんやろ?等々、チョットした非日常、刺激になりそうやん。しかし、それだけだったら嫌がる女房を説得してまでメディアに出たいとは思わない。

もう一つ、俺にしては珍しくマジッぽく考えていることがある。取材申し込みがあるということは、情報を欲しがっている人がいるということだろう。それは、今の暮らしを始める前の俺自身とダブる。俺は、田舎暮らしをテーマとした本や雑誌を山と積みあげ、夢を膨らませてきた。テレビでそれ系の放映があると食い入るように観て思いを馳せた。憧れだけでなく、厳しい現実、細かいチェックポイントなども学んだ。田舎暮らしを紹介する雑誌やテレビは、俺にとって師であり、教科書であり、心強い応援団だったのだ。

_811 結果として、居住地として別荘分譲地選択、早期退職の決意など、今の暮らしの礎となる啓示をえた。夢の中にいるのじゃないかと思う暮らしが5年続いている。その紹介がこの「風のたより」だ。そんな俺が、脱都会田舎暮らしを目指している人を応援したくなるのはごく自然な流れなのだ。

もうすぐ定年退職を迎える、団塊世代の仲間達。君らの中にも田舎暮らしをしたい人がいるやろ。都会での生活に心身とも疲弊しきった人もいるやろ。こんな生き方、暮らし方もあるよという俺流の提案ができればいいと思っている。発信することが大事だと思っている。

2006-01-14

風のたより VOL109

ボローニァの風  6

イタリア貧乏暮らしを始めた息子夫婦ですが、ソコは憧れの国、それなりに楽しんでいるようです。K_47

ちゃんとしたレストランには、なかなか行けないようですがファーストフードの食べ歩きは結構楽しんでいるようです。

T2_29 料理修行と倹約を兼ねての自炊は欠かせない。

手打ちのパスタは、ステイ先のオバサンに大絶賛されたそうです。日本でも、家で蕎麦やうどんを打つ人は少ないように、イタリアだって日常的に麺を打つということはないのでしょう。

T_23 コレは俺も昨年凝ったことのある肉の赤ワイン煮。

淡白なポテトとよく合う。ヨーロッパではごく一般的な料理だそうです。

K_32

さすがはデザインの国といえばいいのか、とても実用的とは思えない時計が堂々と売られているようです。

2006-01-13

風のたより VOL108

10人テーブル完成

昨日、喫茶部のコーヒー&ケーキの値上げについてご意見お聞かせくださいと書いておいたら、たくさんの方が書き込みしてくれました。正直びっくりしています。みなさん読んでいてくれてたんや。心がホカホカしてきました。心より感謝申し上げます。

「風のたより」は俺の独断と偏見による一方的発信と位置づけているのですが、現在のブログに場を移し、さらにBBSを休止してからは、毎日発信するようになっています。コレにコメントを入れてもらえるようにしたら、BBSとあんまし変らんヤンなぁ。個人ホームページはブログで充分なのかもしれんあぁ。

_144 さて、昨日と今日は「寡黙な家具職人」をしていました。そしてついに10人掛け長テーブルが完成しました。いくつか不都合もあるけど、全くのど素人としてはこんなもんかな。兎に角俺はせっかちというか、やれば速い。但し雑。午前には1つ目が完成していた。ここが大切なのだが、このことと関係なく女房は何人かに「お茶しにおいで」と携帯メールしていたようだ。3時に呼ばれて俺が家に入ると、新しく導入した小さめの藤椅子にYT夫人が座っていた。「私が座れているから大丈夫よ!」「ん?、いや、ちゃうちゃう、巨大ヒップ可否実験にあんたを呼んだわけではないって!誤解せんといて!まぁ、結果的にそうなったけど。スマン!」”””””冷や汗””””””

兎に角これで、一応誰でも座れることは判明した。多少座り心地は悪くとも、10人はテーブルを囲んでワイワイやれる。宴会も詰めればこの体形で12人はいけるやろ。

2006-01-12

風のたより VOL107

喫茶部リニューアル小作戦

_137 喫茶部長期休業中に、少しリニューアルを考えている。狭いスペースだが、椅子を増やし何とか10人は座れるようにしたいと思う。今使っている普通の食卓セットは女房の家事室に引っ越した。そしてとりあえずネットで見つけた小さめの籐椅子を10脚注文しておいた。昨日届いたのだが、コレが小失敗。寸法は把握していたのだが、実際座ってみるとあまりにも小さい。コレでは巨大ヒップの○○さん、△△さん、××さん・・・・座れないのがたくさんいそうだ。しかし、もう返品できないし、別のものを買うなんてとんでもない話である。まぁ、椅子に合わせてダイエットしてもらうしかないなぁ。

今日から、その椅子にあわせてテーブルを作り始めた。家具なんて作れっこない。ただ、家が安普請の角ログハウスなのだから、それに見合う無骨なカントリー風でいいのだ。70cm150cm四方のテーブルを2つ並べ、3mの細長いテーブルにして椅子を両側に5脚ずつ並べるようにしたい。喫茶部は「来たもの同士で楽しくやる」というのが主要コンセプトだ。初来店でも常連さんと一緒のテーブルに着いてこそ喫茶部の良さがある。正直、座り心地の良くない椅子になって申し訳ないと思うが、大勢でギャハギャハ出来る方がええやろ?

これで、フロアー10名、カウンター4名、和室4~6名入ってもらえる。暖かくなる頃までにデッキ特等席に日よけを設置し、日差しの厳しい日でも、多少の雨の日でも利用できるようにしたい。これらは5ヶ年計画の一環です。そう、喫茶部もこの先5年は続けるつもりなのです。

てな小リニューアルにかかっていますが、なんせ金がない。まだ決定してないけど、コーヒー&ケーキ各150円に値上げするかもしれません。儲けようなんてサラサラ考えていません。ただ、初めて喫茶部を意識した模様替えなので、喫茶部はみんなで運営しているという発想で、費用の一部を負担してもらえたら助かるなぁなんて思うのであります。やっぱ、100円というのがええかなぁ?今回はコメントしてもらえるようにしておきますので、もしご意見があればお聞かせください。

2006-01-11

風のたより VOL106

お高い親バカ宅急便

_133 今日は半日、イタリアの息子夫婦に送る小包に振り回された。洲本の郵便局で海外発送用のダンボール箱360円也を購入。みかん箱より一回り大きい程度と頭に入れてジャスコで買い物。息子の送ってきたリストに基づきポンポン買い物籠に放り込む。もう少し余裕があるかとリスト外の食品も適当に放り込む。買い物しながら親バカしているなぁと実感する。

一旦家に帰り、箱詰めする。量的には大体上手く買っていた。さて宛名書き。あらかじめ用紙を貰ってある。住所氏名は教えられた通り記入。問題は全て品名、重量、値段を記入することになっている。それも、英語で。そんなん出来るはずないやろ。だいたい、品物はゆうに20品目越えている(数えてないけど)。それなのに記入欄は5行ほどしかない。それに焼き海苔やとかオカキを英語でなんというのか見当もつかん。そういう単語を知っている人しか外国に小包は送れんというのか!段々腹が立ってきた。腹が立ってきたというのは俺にとって面白くなってきたと同義語である。女房に「まぁ、とりあえずジャパニーズ・フーズと書いとけ」といった。

再び洲本の郵便局。予想通りジャパニーズフーズじゃ駄目だという。「品物の英単語が分らん」というと「参考に」とリストが渡された。あるある、焼き海苔、焼肉のタレ、レトルトカレー等々、英単語が記されてある。もうほとんど忘れたけどなかなか興味深かった。例えば「オカキ」は「ライス・ケーキ・なんたら」やった。適当に10個分ほど記入してだしたら、またまた予想通り「1品目ごとに重量、値段を記入してください」といいよる。俺も予定通り怒った振りして「そんな事言われても、20品目以上入れてあるのに5行しか記入欄ないヤン。どないせーちぅーの?」少し声を荒げる。するとコレも想定どおり上司と思われる広角オデコ男がニコニコと「どうしましたか」と現れる、という正しい展開の末「まぁ、だいたい分ればいいでしょう」と荷物を受け取る。完璧な想定内決着であった。実は、俺は相手の意図《記入欄に5品目ほど書いて、その合計が総重量9.2㎏になるようにしてくれたらいい》は理解できていた。しかし、どうせエエカゲンなら、俺のエエカゲンさでもええやろと遊んでみただけだ。楽しませてもらった。郵便局さんありがとう。次回は郵便局の意図に沿った書き方をしますね。

しかし、送料16200円は参った。郵便局の勝ち!送った品物の総額は8000円ほどやのに、送料は2倍や。も~二度と送らん。

まぁ、今回はお世話になっている同居人の方々のおもてなしだ。協力しよう。しかし、イタリア料理を目指す者がイタリアに住んでいるのだ。日本食が恋しいなんて軟弱なことでどうする。たった1年や、365日3食、イタリア食材を食い尽くさんかい!

2006-01-10

風のたより VOL105

正月モード=顔かぶれ脱出

学校も今日から始まり、世の中全体通常の暮らしに戻ったようだ。それに合わせたかのように俺のハゼかぶれ顔もほぼ完治した。今日皮膚科に来るように言われていたが、当然無視。今夜からは普通に顔をも洗うし風呂も入るつもりだ。うれピー!

この2週間の運動不足を補うため、一人ウォーキング。10km(2時間)歩くつもりだったが、女房を歯医者に送る時間もあったので1時間と少しで終了。薄っすらと汗をかき気持ち良かった。

ボローニァの息子が、ステイ先の同居人(トルコ人)に手巻き寿司を振舞いたいので、なんだかんだ送れと言ってきた。そんなんお安い御用と返信したものの、ヨー考えたら、外国に宅配するなんて一度も経験ない。何を送っても税関は大丈夫なんだろうか?宛名で「○○様」あるいは「○○様方」なんてーのはドー書けばいいのだろうと次々に疑問が浮かぶ。近所の特定郵便局では心もとないので、洲本の本局まで訊きに行った。さすが民営化寸前の郵便局、気持ち悪いくらい親切に対応してくれた。明日品物を揃え荷造りして発送するつもりだが、送料の方が高くつきそうだ。

エラソーにユーとるなぁと思われたら困るが、また雑誌取材の申し込みが来た。昨年創刊された「田舎暮らし」をテーマとした季刊誌ということだ。女房はこの手の話をあまり歓迎しない。俺は、取材申し込みがあるということは、情報を得たいと思っている人がいるということなのだろうから、少しでも役に立つなら応じればいいと思っている。2年後、我々団塊世代の定年退職がスタートする。最大の人口構成層が退職後をどう生きるのかは、日本の大きなテーマだとも言える。田舎暮らし志向の人は、結構多いと思うのは、俺がソーしているからか?「アホでも出来る田舎暮らし」なんて本を出そうかしら・・・・

2006-01-09

風のたより VOL104

ボローニァの風 5

息子達の冬休みも終わり語学学校が再開されたようで、メールが入った。(学校のコンピュータールームからしかネットできない)しかし、考えてみると日本にいるときは、年に2,3度会うくらいで、日常的に連絡を取り合うなんてほとんど無かったのに、遠くイタリアに行ってこうして頻繁に遣り取りをするとは思いもよらなかった。息子達も俺のホームページを覗いているらしい。正直、息子達には読んで欲しくないと思うのだが、ショーないなぁ。

Mp1

クリスマス前の、日本で言うところの「お惣菜」屋さんだそうです。日本の年末のようなもので、普段と違う、かなり気合の入った料理が並ぶようです。子豚の丸焼きなぁ・・・

Mp3

大晦日の広場はたくさんの人が集り、異常なほど盛り上がるようです。

怖かったとユーとります。

Mp4

ステイ先のオバサンと一緒にステイしているトルコ人の若者2名。

みんな良い人で、仲良く楽しくやっているようです。

Mp5

街の看板に「風太」(我家の犬)の名を見つけたんだと。

今度「ハルボン」を探すってユーとりますが・・・・

風のたより VOL103

寡黙な健さん何処へ

今日(1/8)一日はハゼかぶれ寡黙男でいよう、健さんに成りきろうと決めていたのに、いきなり元のアホバカおっさんに逆戻りしてしまった。

_124 _126

今朝、買い置きのパンがなくなったので、女房がパンを焼いた。夏から台所に転がっているカボチャ(自家栽培)のスープもこしらえ、質素ながらも朝日に輝く海を眺めながらの朝食はチョッと自慢したくなるくらい贅沢だ。おいしく焼けたので、別荘組のナース(AS邸)に届けた。数がないので今日はここだけ。しかし、このナースと関わると、とたんに騒がしくなる。朝食を終え、さて寡黙男をしようとしたところに、ナースから電話が入る。「倉庫片付けていたら、お菓子作りの道具がわんさか出てきたから、必要なものあったら持って行き」という。直後、YT夫人からも電話「今日はウチで喫茶部《佐和姫御殿》するからお昼のお茶しにおいで。あっちゃん(旦那)がパンプキンタルトとチェリーパイ焼くんやて」

まぁ、兎に角、またAS邸に行って、3箱だか4箱だかたくさんの菓子作り道具を貰った。その時、ナースの付いている医者から電話があり、有馬温泉からこちらに訪ねてくるらしい。お客さんなら、準備もいるだろうと、即退散。顔のカブレも一度人前に晒したらドーでもよくなって、その足で久しぶりに買い物にいく。帰り畑によって、大根を引き抜く。畑からナースに電話して「大根いるか?」と問えば「おいしそうなのを2本もって来い」というので、今日3度目の_130 _131AS邸。

家に帰って、昼飯を食い終わったとたんYT夫人から電話「もうケーキ焼けたからすぐおいで」なんと忙しい、明日までは病人でいようと思ったのに。YT邸には近所の連中が三々五々集う。集うとバカ話が始る。そうそう、あっちゃんのケーキはキャリアは浅いのに中々の優れものであった。アゴが外れるほど笑って、そろそろ帰ろうかと思っているところに、ナースが医者ファミリーを伴なって現れた。医者は、大阪天王寺にある某鉄道病院の泌尿器科部長49歳だという。それがどれくらい偉いのかはヨー分らんが、俺は「お若いですねぇ。とても49歳には見えませんよ。ドー見ても48歳ですよ」と出だしから思いっきりすべった。「アホなナースでスマン、迷惑ばかりかけてまっしゃろ?」と俺。「ウチの智佳子がお世話になります」と花ちゃん。みんなナースの保護者のつもりだ。で、また仕切り直してバカ話が始る。俺は、一昨日の奥歯ガタガタ医者の顛末を正確に語った。「その先生はお若い方ですか」「いやいや、そうとう年配で・・」「やはり・・」この話は怖いものがあるのでここで止めておこう。結局4:30まで、ギャハハ。せっかく耳痛が治ったのに、アゴが痛くなった。この先生には、このアホバカおっさんおばはんの群れはドー映ったのだろうか。多分、もう海平には来んやろ。しかし、なんやこの数日、医者ばかりと会っているなぁ。

ほんで家に帰り、犬の散歩を終え「さぁ、今夜は卵丼を作るぞ!」と張り切っていたところに、またまたナースから電話。「先生帰ったから、これから宴会じゃ」おいおいまだあるんかいと思いつつ「ハイ、すぐ行きます」と返事する俺は、ハゼかぶれ寡黙男の哀愁が漂っていた。今日4度目のAS邸。結局、夜中の11:00過ぎまで、同じようなメンバーで、またギャハハ。俺、もうアゴ外れる。

ほんで今、その顛末を書き込み終えたのが午前1:30

明日こそは寡黙な健さんになれますように! おやすみ!

2006-01-08

風のたより VOL102

食料

昨年暮れからまだ一度も食料の買出しに行ってない。女房が明朝のパンがないと、生地をこねていた。「そろそろ食料が尽きるころやわなぁ、特別に買いだめしたわけでもないねんから」と女房にいうと、意外に「ぜーんぜん、大丈夫よ!」と返ってきた。

考えてみると玄米は1年分まとめ買いしてあるし、家庭精米機もある。味噌も自作のが一年分ある。畑で育てたジャガイモ・玉葱・大根・人参はたくさんストックしてある。コレだけでも飢え死にすることはない。野菜室にはキャベツとレタスが丸丸1個ある。パーシャル室には魚の干物、ハム、ウインナーがある。冷凍室には餅、ピザ、その他得体の知れない物がある。戸棚には乾燥系のそば、うどん、スパが何食分かある。缶詰もサンマの蒲焼、シーチキン、帆立など複数個ずつある。カップ麺、海苔、佃煮などもある。テレビの1ヵ月1万円生活じゃないけど、贅沢さえ言わなければ1ヶ月は充分食えるのではないかなぁ。このまま、どこまでもつか試してみるのも面白い。

時々、女房と確かめ合うように言うことがある。「生活費、その気になれば今の半分にまでは切り詰められるよなぁ」「いつでも号令かけてくれ。今日から半分って。それも楽しみや」

言っておくが、生きていればいいとだけ思っているのではない、楽しく暮らすという大前提でだ。

2006-01-07

風のたより VOL101

健さんへの道のり

_004我家は標高100mほどの高台というより、崖っぷちに建っている。100m違えば気候の差は歴然とあるようで、我家周辺が銀世界になっていても、下の漁港周辺ではちらついた程度ということはままある。今朝もそのようだった。我家の庭も誰かさんのように雪で厚化粧していた。俺は雪化粧した庭越しに大阪湾を眺めるのがお気に入りだ。今朝も耳の奥がズキズキするが、5分ほどデッキから眺めていた。寒いのと頭ズキズキがたまらず、朝食もそこそこに、再度ベッドにもぐり込んだ。(写真は4年前のもの)

お昼前に目を覚ました。なんだか晴れ晴れとした気分だ。痛みもない。かぶれて黒っぽくなっているところは別にして、腫れ自体は引いているようだ。身体も軽い。久しぶりにお腹も空いた。「峠は越えた」とはっきり感じた。夜になって今度はコメカミ辺りが痛むが、コレまでと違って痛みに力がない。ハゼの勢いは明らかに衰えたのだ。奥歯ガタガタ攻撃に音を上げたのに違いない。

となると急に欲が湧く。風呂を止められていたせいもあって温泉に行きたいが、この顔では入浴を拒否されても文句は言えない。買い物に出て、ついでにお気に入りのランチをなんて思うが、やっぱり人前に出る顔ではない。しかたない、明日はデッキ下納屋にこもってカズラでも編むとしよう。心にキズをもつ中年男が一人黙々と作業にいそしむ。う~む、健さんの世界やなぁ。俺は明日、寡黙な中年男と化す。健さんやで!

2006-01-06

風のたより VOL100

肩透かし

耳の奥の痛みはなくなったわけではないが、その周期は長くなっている。鼻の周りの腫れも幾分引いたようにも感じられる。耳から首にかけての晴れはほとんどなくなっている。奥歯ガタガタ攻撃治療が効いたのか、計3本の点滴や薬が効いたのか、少し楽になった感じはある。午後、リクエストにお応えして奥歯ガタガタ医者の診察を受けにいった。今日も奥歯ガタガタ攻撃はあるのだろうかと、心の中でファイティングポーズをとりながら、診察椅子に座った。敵は予想通り「どうですか?」と聞いてきた。俺は予想に反して「ハイ、格段によくなりました」と明るく答えていた。本当は「少しはマシになったような気もします」と言おうと思っていたのに・・・・俺の弱気の虫がファイトを回避した模様だ。「そうだね。腫れは引いてるし、カブレも枯れてきてるね」とガタガタ医者。そんなことはネーだろうと思いつつ「そうでしょう。ほんと楽になりました。ありがとうございます」と俺。「そうね、それじゃ、もういいでしょう」とこの間30秒。そうかこの医者ともこれで終わりか、頭のハゲ具合になんや他人とは思えない親しみは感じていたのだが、馴染みの医者などいない方が良いに決まってるわなぁ。この30秒の診察に払った料金が330円、3割負担だから1000円の治療費ということか。う~む、ヨーわからん。

昨日午前に診察した外科医(どうも院長らしい)には、10日(火)に皮膚科の診察を受けるように指示されている。奥歯ガタガタ医者は治療としては終了したつもりだったようだが、これもヨーわからん。分らんのが病院であり医者だと思っているので、コレでいいのだ。とりあえず10日までは病人モードでいることにした。

それにしてもヨー寝る。人間てこんなに眠れるもんかというほどよく寝る。不眠部は廃止になるかもね。今日は病院に行った小1時間と、イルミネーションを取り外した小1時間以外は、ほとんど寝ていた。

世の中、明日から3連休。お正月終わったばかりやのにね。俺は10日まで病人モードやからな。だれも誘いに来たらアカンよ。きたら直ぐ行くけど!

2006-01-05

風のたより VOL99

鼻の穴から手突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろか

いやはや、大変な一日になってしまった。毎日、俺の顔の腫れレポートになってしまって申し訳ないが、今のところコレを治さないと動きが取れない状態だ。今朝起きた時から耳の奥の方に定期的に痛みが走るようになった。棒を持った子悪魔達が行列していて、俺の耳の奥を棒で突き刺していく。一人目、二人目・・・・もうたまらんと、津名病院へ行った。ここを選んだのは皮膚科という文字があったのと、空いているという理由からだ。ハゼにかぶれたのを治してもらうだけだ。原因もはっきりしているし治療法も難しいことではないだろう。しかし、皮膚科の診察は火曜の午前のみということで、外科の先生の診察を受ける。看護士さんは「お魚釣りに行ってきたの?」と聞く。おいおい、ハゼといえばお魚しか思い浮かばんのか?それにお魚のハゼにかぶれたやつなんておるんか?尿と血液検査、それになぜか聴力検査を受け、2時間点滴を受け、薬三種類貰ったのが12:00。2:30に耳鼻科の診察があるからまた来いという。

耳鼻科の診察はエライこっちゃった。俺の顔を見るなり「コリャ大変だ。兎に角さわったらアカン!鼻の形崩れるで。ばい菌が入ると脳に近いからとても危険だ。荒治療します」といった。俺はビニールのエプロンを付けさせられ、両手にナスビを半分に切ったようなステンレスの容器を持たされた。「もう、これから血の海やけんね」と状況が知らせる。いきなり巨大綿棒が鏡とともに右の鼻の穴に押し込まれ、思いっきり引っ掻き回された。「ウギャ、ウギャ」俺は恥も外聞もなく叫んだ。「ちゃんと血を受けて」と注意されまた引っ掻き回された。「ウギャー----ぁ」俺はこの状況から逃れるには目の前の男を蹴倒すしかないと判断し、体勢を整えようとしたとき「ほら、血をしっかり受けて」とまた言われた。「ほら、頬の下の腫れが引いたでしょう?鼻の付け根も赤みが引いたでしょう」と鏡を見せる。確かに、少し顔の腫れが緩んだ感じはするが、細かく観察する余裕などない。とりあえず、先生を蹴飛ばさずによかった。肩で息をしながら「昔、鼻の穴から手突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろかというギャグがあったような。そのまんまやなぁ」なんて思っていた。それからまた点滴が2時間、終わったのは5:30だった。「たまたまやけど、明日も淡路島にいるので1:30においで」といわれた。

明日も奥歯ガタガタ攻撃はあるのだろうか。俺の反撃はあるのだろうか。治療は格闘技だと知った。

まだ、耳の奥の痛みは止まらない。腫れが引いたとも思われない。病院嫌い!

2006-01-04

風のたより VOL98

モワァモワァモワァモワァモワァ?

ハゼのかぶれは一向ににひかない。回復の気配がない。腫れ始めた頃は頭の右半分がモワァとしていた。元々俺は人よりモワァとしているので、左モワァ、右モワァモワァだった。

昨日頃から右半分がモワァモワァモワァとなり、さらに左下半分もモワァモワァになった。つまり、頭の1/4はいつものモワァ、1/4はモワァモワァ、1/2はモワァモワァモワァで、頭全体ではモワァが何個やろ。モワァとした頭で考えているが分らん。

リンパ球の腫れはマシになったように思うので峠を越えたのならええねんけど・・・

風のたより VOL97

大阪に行っても

女房の捻挫は日常生活に支障のない程度まで回復した。俺の顔は相変わらず腫れまくっているが、俺の顔なんかドーでもエエわけで、大阪の女房の実家に正月をしにいってきた。一昨年暮れに義父が亡くなり、昨年暮れ、まで同居していた姪のマヤちゃんは結婚してオーストラリアへ、ウチの長男夫婦はイタリアへ行ってしまった。全員揃って9人だったのに、今年は5人、一挙に寂しくなった。それでも、おばあちゃんの巻寿司、恒例のシャブシャブを食べると、安心して正月を終えることが出来た。この先、孫など授かり人数がふえることもあるだろうか?

さて、俺は大阪の地を踏むのも久しぶりなのだが、着いた時から「後何時間で淡路島に帰れる」なんてことを考えている。街には合わない体質になったようだ。女房の実家から梅田の繁華街まで徒歩圏内なのだが、ブラブラしてみようなんて全く思わない。友人を呼び出そうとも思わない。家電製品などこちらで買っていけばいいのは分っているが、淡路島にもあるワイといかない。今日も朝の8時に出発して、夕方5時には帰っていた。女房は折角大阪に出たのだからという気持ちがあるようだが、この頃は諦めている。街が恋しい時は一人で実家に帰っている。淡路島を移住先に選んだ理由の一つに、大阪に近いということがある。その地の利を充分活かして暮らしているのは女房の方かも知れない。

2006-01-02

風のたより VOL96

時間無制限ダラダラ新年会

顔の腫れがひどい。鼻から右側の頬にかけて、なだらかな斜面と化し、所々ただれている。いつもなら崖のように切り立っているのに。耳から首筋にかけてかなり腫れている。こちらは触ると痛い。素人ながら異質の腫れのように思う。ナースがいたので「これどうよ?」と聞いてみた。「食べ過ぎや」っていいよんでと思いながら。するとどうやろ「まぁ、そんだけハゼにかぶれたなら、リンパ腺も腫れるわなぁ」なんて普通の看護士のようなことをいいよる。つまらん!そやけど少し安心した。

さて、お昼、YT邸に出かけようと玄関を出たところにOMファミリーがやってきた。昨夜遅く実家の横浜から到着したという。3人の子どもたちが「わーっ」と駆け寄ってくれるとなんだか嬉しい。俺の顔の腫れは「ふ~ん」と言うだけで、女房の足ばかり気遣っている。海平では仮病説まで出ているのに。なんだかんだお土産を置いて、温泉に出かけた。

_112  _107  _115_120

俺達夫婦がYT邸にいたのは昼過ぎから夕方5時頃まで、その間結集したのは5組の夫婦。なぜか今日は、一家に一品、言い訳料理がある。やれ火を通しすぎただの、なぜか滑らかにならかっただの、味が濃いだの薄いだの・・・・・そこで、来年からはオセチ分業制の提案がなされた。一軒が2,3品の得意おせち料理を作り、持ち寄って一つのお重を構成すれば完璧だろうという誠に建設的かつ合理的な発想だ。しかし、新年会の時、みんな同じ料理を持ち込むことになるではないかという、悲しい結論に達した。いや、それ以前に全員味見役に立候補したため作る人がいない現実もあった。OK夫妻が連れてきた次男(17歳)は、このようなアホバカおっさんおばはん群をどのような思いで観ていたのだろう。彼はPL学園野球部で今春の選抜高校野球に出場する可能性大だ。秋の大阪大会で優勝、近畿大会でベスト4だった。ただ一つの懸念は最後がコールド負けだったことだ。実現すれば昨年までの盛岡大付属のユー君が3回出場したのに続き、4回目だ。我家に来た高校球児2名が2名とも、それもこの5年間で4回甲子園出場なんてすごいやないか。なんてことで盛り上がっていたが、俺の腫れはひどくなるばかり、頭痛もしてきた。無念のリタイア。来年は夫婦とも鍛え直して、必ずや我家での新年会復活させます。

2006-01-01

風のたより VOL95

元旦

有りあわせの材料で作った雑煮と、花ちゃんに戴いたお節でなんとか正月らしい朝を迎えることが出来た。感謝!考えてみれば女房と2人だけの元旦は初めてのことだ。朝食が終わると「ささっ、正しい寝正月しましょう」と俺はベッドにもぐりこんだ。昼に起き出して、思いつくまま「帆立と玉葱のスパ」を作った。今一。

女房の携帯に花ちゃんからメール「夫はわたくしに酔っていますわ」だと。お節貰ってなかったら石投げにいくところだが放っておこう。

年賀状の整理などし、観るともなくテレビを眺め、誰とも会うことなく元旦は過ぎていった。明日はYT邸で新年会。(我家の代役でスマン)ただ、何時からと時間は決めず、昼頃から夜まで何時来てもいい、ロングランダラダラ宴会にするそうだ。体調さえ悪くなかったら最初から最後まで居座るところだが、顔の腫れは徐々に気分も悪くしてきている。長時間はもたんやろな。残念、新機軸なのに!

なんや元旦から暗い話のようだが、俺はこんな正月初めてだと結構楽しんでいる。

風のたより VOL94

あけましておめでとうございます

2006昨年は色々お世話になりました。本年もよろしくお願いします。なんて、年賀状も含めたら皆さん今日一日で何十回となく耳(目)にする言葉なんでしょうね。

女房の足も病院に行くこともなく、屋内の移動にさほど不自由はなくなりました。昨夜は我家で完全持込宴会をしてくれたし、今日は花ちゃんがオセチをたくさん届けてくれた。それに2日の恒例となっていた我家での「お正月居残り組み宴会」は急遽YT家がやってくれる事になりました。1日に行く予定だった大阪の女房の実家には3日に行くことにした。結果、いつもとあまり変らない正月が出来そうです。俺たちはいい人に囲まれて生きている。

女房は回復モードに入っているが、実は今、俺の顔が大変なのだ。多分、29日の作業で堀出した木の根っこにハゼが混ざっていたのだろう。スコップをガンガン当てて切って行ったものだから、その樹液が顔に飛び散ってしまったようだ。顔の右半分が腫れ上がっている。ヒリヒリする程度で生活に支障があるわけではないが非常に鬱陶しい。手や足はコレまで何回か経験があって、10日くらいすると皮膚が剥けてきてボロボロになる。それも一カ月以上続く。困ったもんだ。男前が台無しやんけ!でも喫茶部は長期休業中で不幸中の幸いともいえる。

淡路島に移住して5度目の正月だ。細かく言えばよくないこともたくさんあるのだが、大きく云えば「夢の中にいるような暮らし」が続いている。オーバーでなく、俺はもう死んでいて天国で暮らしているのかもしれないと思ったりする。死んでいたら、右顔面腫れ腫れヒリヒリなんてないか!

昨年から第二期5カ年計画に突入している。予算的にはかなり厳しいものがあるが、そこは神頼み人頼み取り混ぜてなんとか推進していこう。当面は喫茶部の椅子とテーブルを変えたいと考えている。さて、ドーなることでしょう。自分でも楽しみです。

みなさん、今年もいっしょに楽しみましょうね!