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2007-02-28

風のたより VOL.519

よくしゃべる車

_005_5新車ダイハツ・ムーブカスタムRS(660cc)が届いた。車体カラーは、カタログだけで決めたので少し心配だったが、ルージュレッドは、予想通り落ち着いた深みのある赤で安心した。軽なのに座席は前も後ろも、前のビッツより広く感じるほどだ。ただ、荷室は無いに等しい。これは仕方ないことだ。その前は日産ステージア(2500cc)からビッツ(1300)になったので「ちっちゃー!せまー!」と嘆いたもんだが、今回も排気量はさらに半分になった割には違和感が無い。軽も侮れない!

初めての軽自動車とはいえ、今まで装着したことのないものを色々つけたので楽しみにしていた

ナンバー「1022」は俺の誕生日だ。車のナンバーを覚えていてもほとんど意味がない「それがドーした」の世界だが、初めての希望数字なのでなんだか嬉しい。因みにクレジットカードの暗証番号は関係ない数字なので心配ない。

この車にはキーがない。消しゴム大の発信機をポケットやバックに入れておき車に近づくと自動的にロックが解除され、遠ざかると自動的にロックされる。エンジンもキーを差し込むことなく、スイッチをひねるだけで始動させることが出来る。今のところ便利なのか不便なのかヨーわからん。普通のスペアキーを差し込むと、クラクションが鳴り響き大騒ぎするセキュリティシステムなんだと。

ETC車載機を初めて取り付けた。ETC専用カードも取得済みである。マイレージポイントというのかなぁ、まだその手続きはしていない。エンジンをかける度に「カードが挿入されていません!」といいよる。ついつい「今日は、高速にのれへんて」と答えてしまう。一度試しに使ってみたいと思うけど用も無いのに高速を走りに行くのももったいないなぁと考え中。

さて問題はナビだ。勿論初めてなのだが、その分厚い説明書を見るだけでうんざりする。なんでこんなチビ機械にこんだけ説明することがあるねん?と思う。携帯でも同じようなもんだし、パソコンなんか数冊ついてくるもんなんぁ。デジタルの世界には馴染みきれない。分らんままに、自宅と行き場所を設定して少し走ってみたが「300メートル先カーブです」「あと200mで右折です」なんてひっきりなしにしゃべりよる。余りにうるさいので「お前は今日からコマロと呼ぶからなぁ!」とわめいていた。「さすがに返事はしよらんなぁ」と云っていたのだが、さっき説明書を眺めていた女房が「なんや、話しかけたら返事する機能もあるらしいで」と云っていた。「デヘッ!」

目的地を指定せず只走っていても時々「ぴん!」と鳴る。「鳴るならそのわけを云え!」と女房も逆上気味だった。この機械はナビシステムだけでなく、テレビ、CD、DVDなどの再生機能も付いている。メモリーカードを装着すればCDを聞きながら何百曲か記憶させることが出来るらしい。

結局パソコンと一緒で訳の分らんまま、最低限必要な操作だけ覚えて、その機種の持つ数パーセントの機能しか使わないままになるんやろうなぁ。隣で家計簿をつけている女房曰く「ヨー考えたら、わたしらこの電卓すら使いこなしてないもんねぇ。掛け算してメモして、もう一つ掛け算してメモの数字を足して2で割ってるもんねぇ。多分続けてする方法もあるんやろねぇ」  オッサン、オバハンがデジタルの世界を生き抜くのは大変だぁ。

さてさて、車で一番大切なのは走りだ。考えたらターボエンジンも初めてだし、タイヤ扁平率165/50というのも初めてだ。ETCが正常に作動するかどうかも含めて、明日はやっぱし高速に入ってみよう!

ナビを付けたのは還暦を過ぎたら、アチコチ長距離ドライブをしたいなぁと思ってのことだ。そのためにはまず健康でなくちゃねぇ。

2007-02-27

風のたより VOL.518

金毘羅さん

「夕日の家」MT夫妻にくっついて四国の金毘羅さんに行ってきた。この夫婦と出かけると必ず普通でないことが起こる。

ご存知のように金毘羅さんの表参道はあの長い長い石段だが、今日の俺たちは裏道を車で登ったのだ。勿論、普通では無理で、身体障害など相応の事情のある人が事前手続きをして可能なことだ。ミナ夫人は「ウチの主人は心臓の手術をしたばかりで・・・」と電話で説明し抜かりなく許可を得ていた。「70歳過ぎたら、恥ずかしいも恐いもないンや!無敵じゃ!兎に角言ってみる、してみるや!」と意気軒昂なミナちゃんである。上り口には門番がいた。「ええか、あんた、か細い声で元気なさそうに話すんやで!あんたは今にも心臓が破裂しそうな人なんやで!」とMT氏を諭す。上り口無事通過!

裏道は境内のごとくキレイに掃き清められ、公園のように整備されていた。実は、今日の目的は、ミナ夫人がNHKテレビで知った、この裏山に群生するという椿を見ることだった。しかし、正直、椿そのものは実に大したことなかった。しかし、何かが起こるのがミナちゃんだ。

車の入れる最終地点にMT氏を残して(氏は本当に階段を登ることは出来ない)、ミナ夫人と俺たち夫婦3人で、さらに15分ほど石段を登ったところにある社務所に向かう。電話の遣り取りでお世話になった人にお礼をいい、お酒を奉納するためだ。お酒は俺も連名にさせてもらっていたが、手続きは夫人に任せ離れたところで待っていた。手招きするので行くと「今から御祓いしてもらうことになったから、一緒に行こう。ほんの少し包んだらそういうことになってン」

_016_5 _010_3 社務所の人の案内で、新築なったばかりの待合所に通される。50畳はあろうかと思われる部屋に我々3人だけ。少しして神主さんが現れ、案内されて神殿前で立ったまま5分ほど祈祷があってお払いを受ける。これで終わりかと思っていたら、さらに案内され、さっき「立派な回廊やなぁ」と話していた長い回廊(写真)を進む。「ここを歩けただけでも幸せやなぁ」といいながら本殿(写真)のようなところに(なんというところなのかヨー分らん)今度は正座。先ほどの神主さんとは別の(もっと位の高そうな)神主さんが現れ祈祷を始めた。よく見ると我々が持って来たお酒が1本だけ侘しく供えてあった。しもた、3本にすべきやった!最後に金ピカの巨大お払いを頭に被せてくれた。「おー、リッチ!」と心の中で叫んでいた。

_019_4 身も心も清められた我々3人は、大勢の観光客が羨ましそうに見守る中、静々と回廊を戻りながら、俺が「今日はツイてるぜ。帰りしお金拾うような気がするわ」と云うと、ミナちゃんは「何をメメチィことユーてるの。帰り、宝くじを買いに行こう。絶対当たるわよ!」とヒソヒソ話をしていた。写真もパチリ。神主さん、スマン!

とまぁ、我々3人は思いがけない体験をさせてもらったのだが、MT氏は運転をし、車の中で2時間待っただけだった。スマンのう!

_021_1 その後、麓に戻ってうどんを食べたのだが、このうどん屋は、俺が初めて「釜揚げうどん」なるものを食べ、うどんに開眼した曰くつきの店なのだ。しかも、なんとミナ夫人の嘗ての仕事仲間(大阪在住)がこの店の人で、毎年ここのうどんを送ってくれるのだそうな。ハイ!どうぞ皆さんご唱和ください!「それがドーした!」

_023_2 途中善通寺に寄り、立派な五重塔に感動しながら帰路に着いたのだが、こんなメンバーで狭い車にいるわけやから、どんな会話が飛び交っているか想像できるでしょうねぇ?

それにしても朝8:30に出発して、夕方5時前には家でお茶していた。四国は楽勝日帰り圏なんやなぁ。

2007-02-26

風のたより VOL.517

建築ラッシュ

今朝起きたとき少し胃が痛んだ。昨日は昼の2時ころから食べ始めたけど、6時過ぎにはボグ邸を出たので、消化する時間はたっぷりあったと思うが、俺の胃は、あの料理群に太刀打ちできなかったようだ。たしかに、最近チョット、胃を甘やかしすぎていいるなぁ。反省。

今日は恐ろしくて、とても体重計に乗れる状況ではないので、セッセとダンベルを持ち上げ、ウォーキングして明日計ることにした。ウォーキングは郷内を一周した。平坦な道はほとんどなく、アップダウンが激しく長い階段もあってなかなかのハードコースだ。ただ、あっちで立ち話、こっちで立ち話と中断が多いのが難点だ。今日は意を決して、すべて「おっ」と手を挙げただけでやり過ごした。コレが2月かと思わせる陽気で、汗だくになった。

我郷が建築ラッシュなのは分っていたが、郷内をくまなく歩いてみると凄まじいものを感じた。建築中の家屋は4件だと思っていたら、もう一つ樹を切り倒し立てる準備に入っているところがあった。我家の隣も随分前から見積もり業者が入っているので、間もなく着工するだろう。まるで新興住宅地で一斉建売家屋建築工事に入ったようだ。俺がここに住みはじめて6年になるが、その間は申し合わせたように、一軒工事が終われば、また一軒始る感じだった。それでも、俺の予想を大きく上回るペースで家が建つのに驚いていた。所謂団塊の世代一斉退職が始まり、その人々がどんな動きをするかという一つの答がここにあるのだろう。

このまま家が増え続け普通の住宅地になってしまうのか、数年後には落ち着いて今とさほど変わらない状況に留まれるのか、黙って見守るしかない。例えよくない方に向かっているとしても、この6年間が自分にとって「人生の楽園」であったことには変わりない。ここに移り住んで本当によかったという思いに揺るぎは無い。

2007-02-25

風のたより VOL.516

大阪

バスは定刻より5分早い9:55、阪急BTに到着した。ボグ邸のお土産として持って来た「千夢酔」などを近くの貸ロッカーに預けるのに、なんと携帯で電話してロッカーを開けてもらうんだと。ビックラこいた。取り出すときも携帯で電話して開けてもらう。つまりキー不要というわけだ。つまり、携帯を持たない俺はロッカーも使用できないわけだ。完全田舎人間と化している自分に快感を覚えた。

_056bbs _063_2 差し入れのケーキを買うのももどかしく、ハードウォーキングのごとく大股早足で息子夫婦の家に向かう。梅田から歩いていける距離というのは魅力だ。3週間ぶりの天(そら)はスヤスヤ眠っていた。正に「空ノ天使」だ、カワイイ!!! 顔の赤みも取れて一段と男前になっている。女房は「起こしたらアカンで!」と覗き込む俺を横に押し退け、自分は頭を撫ぜ、握っている手を開かせと触りまくっている。なんという奴だ。クルミちゃんの話では1ヶ月健診もお尻が少し被れているくらいでなんら問題はなく、体重も順調に増えており、お乳も母乳だけで賄えているようだ。うん、うん、結構!結構!クルミちゃんが天を見詰める表情に、大きな安心感をいだいた。すっかり母親になっている。いい、いい!

1時間ほど天(そら)を眺め(この言い方エエ感じやなぁ)、守口市、ボグ氏(ポーランド人)邸に向かう。京阪守口駅にはTK氏が迎えに来てくれた。夫人のヒトミさんは、相変わらず多彩な料理を大量に作って待っていてくれた。我海平の宴会もかなり豪華だが、持ち寄ってのことだ。ヒトミさん一人で作るというのがすごい。美味しさは勿論だが、プロ並みの手際の良さがあって可能なことだ。

_086_2 _084_5 3種のチーズ、ガーリックトーストに2種のパテ(写真1)、ゼリーよせ3種、北欧風キッシュ(写真2)、ビーフシチューの出汁肉をプロセッサーにかけクレープ生地で_087_2巻き揚げた特製コロッケ(写真3)、写真はないが、ビーフシチュースープもあった。コレが前菜である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

_089_5  _091_3メインデッシュは、マッシュポテトに牛の赤ワイン煮かけ(写真4)、鶏肉のトマトソース煮(写真5)、鶏のオーブン焼きサラダ・ヨーグルトソース(写真6)写真では分りにくいかも知れないが、コレ_088_4が半端な量ではない。我海平宴会でいうと20人前は楽勝である。

食べるのに忙しくて写真は撮れてないが、これ以外にも「菜の花と帆立の和え物」「ホーレン草のパテ」など(などというのは他にもあったような気がするが、モー分らん)があった。飲み物はビール、赤白ワイン、自作のカクテルなど、ホレ飲めヤレ飲めと出てくる。

さらにここでのさりげない会話。

ボグ氏「え~と、5月1日大丈夫ですか。ウイーン集合です。僕はワルシャワにいるので車で迎えに行きます。飛行機のチケットは各自抑えてください。(女房に向かって)ヨーコさんもきますか?」

TK夫人「今度はどこを案内してくれるの、どのくらいの期間になるかなぁ」

ボグ氏「バルト3国中心ね。後は考え中ね」

TK夫人「(隣の主人TK氏に)そうやって、お父さん、行ってもいい?」

TK氏「行ってきたら」

なんや、近所の公園でお花見でもするような会話だ。ワルシャワってポーランドやろ、ウイーンってオーストリアやろ、バルト3国ってヨー知らんけどロシアの近くやろ・・・・・付いていけん!淡路島のオッサンとオバハンは、お腹も気持ちも一杯になって帰ってきました。大阪に住んでいても結構面白人生になったのかなぁ・・・・なんてフト思いました。

2007-02-24

風のたより VOL.515

土いじり

昨日は,ほぼ一日麻雀をしていたが、今日は午前午後とも庭で土いじりをしていた。ワイワイガヤガヤ麻雀と一人黙々庭仕事、この落差がたまらない。

今日は、ずっと気になっていた玄関前一畳余りのスペースを整備した。土中に埋め込んであった木製の踏み板は腐ってボロボロだったし、周辺に敷いていた白砂利は、変色したり、まだらになって改修せねばと思っていた。例年だと庭仕事は、4月初旬、夏野菜準備の前哨戦として身体を動かす訓練的に始めるのだが、今年は暖冬の上、例年になく積極果敢にウォーキングなど頑張っているので、身体を動かしたくて仕方ないのだ。

Photo_80 ボロボロになった踏み板をはずし、コンクリート製のカラー踏石に替えた。コレは比較的簡単な作業だった。白砂利を取り去り、芝生を敷くようにするのが大変だった。砂利は表面だけでなく5㎝くらい土の中に埋まりこんでいる。コレを移植コテで削ぎ取り、ふるいにかけ砂利と土に分ける。砂利は家の北側の凹んだところに入れる。土は元に戻す。畳一枚余りのスペースしかないのに、まるまる2時間かかった。腰痛部主宰者の俺にとってはギリギリの作業だった。

_046_1 出来栄えは中々のもので満足している。土もホワホワで今芝生を敷いたら完璧やのになぁと思うが、まだ芝生は店に出ていない。やはりこの作業は早すぎたのだ。暖冬やねんから芝生も早く売り出してくれたらエエのに!出窓下のマーガレットは5分咲き状態です。

_053_1 さて、明日は早朝から大阪に向かいます。一時間ほど天ちゃんに会いに行って、直ぐ守口市に向かいます。ボグ氏邸でご馳走になるのだが、お昼過ぎに来るように連絡があった。夜だと思っていたので、一泊する予定だったが、最終バスで帰島することにしました。車は、高速道路に乗ってはダメといわれているので使えめへん。新車は今月中というからもう、2,3日で届くのにね。軽とはいえ、ターボエンジンだし、DDHナビ、ETC車載機も付けたので、しばらくこれで遊べそう。初めてのところに行くのが楽しみです。

2007-02-23

風のたより VOL.514

一発逆転の親倍満貫

午前9:50、ビューティー4は大阪に向け出発した。ただし今日のビュティ4は、コマロ夫人が仕事でいけなく、急遽MR夫人に代わったらしい。別に誰が入れ代わったところでさほど問題ない程度のビューティやからまぁええか!関わらんとこ!

さて、残されたババッチイ4のオッサン達は午後から麻雀ということで、俺は昨夜の残りのカレーで腹ごしらえをして勇躍ジュリー邸(オイさん)に乗り込んだ。しかし、俺はかなりの不調で、まだルールも完全には覚えておらず、点数すら数えられないジュリーにボロボロにやられた。ホンマになんでやねん?と云いたくなる。俺はコレでも給料は小遣い稼ぎ、本業は麻雀と豪語していたのに、コレはナンだ。俺のプライドは甚く傷付いていた。ワンたちの散歩があるので、一旦帰宅しようとすると、ご機嫌のジュリーが「勇気のカレーを作ってあるからね。散歩終わったら食べにおいで!」とのたまう。正直「カレーはモーええわ!」という感じなのだが、そこはそれ断りづらいお付き合いということもあって「ハーイ、いただきま~す」と機嫌よく返事しておいた。

再びジュリー邸に行くと、まだメンバーは残っていて、勇気のカレーを食うと即座に麻雀再開となった。体中からカレー臭が漂っているような気がする中、また負けた。夜の8:00過ぎていたが、新ビューティ4はまだ帰ってくる気配がなくもう一戦することにした。しかし、状況が好転する兆しはなく、また負けたと思っていた。ところが、誰も浮いてなく白兵戦に入った。丁度俺に最後の親が回ってきたとき、花ちゃんと女房が「まだやってるの?」と帰ってきた。その刹那、ジュリーが「九ソ」を捨てた。俺は「ローン!ホンイツ、東々、撥、ドラドラドラ、デンンデンの親の倍満じゃー」と雄叫びを挙げた。俺は最後の最後に恐怖のカレーと絶不調に打ち勝ち、それまでのマイナスを一挙0に戻した。

他の連中からは「奥さんの顔を見たとたん元気になりよったなぁ」とヒヤかすが、女房は平然としている。女房は、他のことでは俺をエエ加減な奴と思っているが、なぜか麻雀だけは負けるはずがないと確信を持っているのだ。それもなんだかなぁ。

2007-02-22

風のたより VOL.513

シャトー・ド・ラルー

昨夜、宴会で一緒だったWD氏、コマロ氏、オイ氏(ジュリー)とシェフが来た。一緒にマレットゴルフをしてたんだと。シェフはゴルフ場併設ホテルの総料理長なので、日ごろからゴルフはし放題、マレットだって初めてにしては上手いもんで、オイ氏は「初めての人に負けた」と泣いていた。シェフは明日一番の船(パールライン)で関空に向かい機上の人となる。出会いとは不思議なもので、昨夜までは自分とは何の縁もゆかりもなかったフランスが、急に身近に思えてきた。我ながらあきれるほど単純だ。しかし、飛行機に乗れない俺はフランスに行くことなんてないのだろうなぁ。

Guideoshirozentai2 Guidemaindiningkakudai ネット検索してみると、なんとシャトー・ド・ラレーの日本向けホームページが開設されていた。結婚式場もあるし日本人スタッフもいるので、ここで結婚式なんてことも可能なようである。このアホバカブログの読者に独身の人なんているのか分らないが、ここでロマンチックな挙式なんていかがでしょうか。

http://www.chateau-de-raray.com/

思うに、息子が勤めていたイタリア、カポローナのホテル、ポグ氏の息子さんが経営するポーランドの和食レストランなど、ヨーロッパ自体がかなり身近になってるなぁ。オーストラリアでは姪のマヤちゃんとアロン君が暮らしているなぁ。淡路島の片隅で暮らすオッサンにも国際化の波は確実に押し寄せている。

今度の日曜日はボグ邸(大阪守口市)で宴会だ。久しぶりに天(そら)ちゃんに会えるのも楽しみだ。女房は明日も大阪行きで、例のビューティ・フォー(重量級)と「マリーアントアネット」とかいうお芝居だかミュージカルだかを観に行くんだと。コレは急に只券が4枚も手に入ったためだが、ホンマに忙しいやっちゃ。ほんで残された旦那連中は麻雀することになったんだと。ということは俺もするということかなぁ。俺は世の中の遊びで麻雀が一番好きやから、半端な形ではしたくないねんなぁ。数時間やって、今度いつするか分らん麻雀なんて困る。麻雀の虫を起こして、後放っておかれるのが一番困る。

2007-02-21

風のたより VOL.512

フランスから来たフレンチ・シェフ

_036_2  WD邸で前回のタンス宴会第二部ということで、集ったのは前回参加できなかった女房を加えてのお馴染みアホアホメンバーだが、もう一人フランスから来たシェフが加わった。フランスから来たのは事実だし、パリ郊外のシャトー・ラレーというホテル、ゴルフ場のレストランの総料理長であることも事実だが、れっきとした日本人である。しかも30代半ばという若さである。まぁ、頭にはとても親しみを感じるが・・・・・・

_044彼はWD夫妻の娘婿で、フランス暮らしは6年になるそうだ。今回は所用で単身帰国、今日は嫁の実家に立ち寄ったという訳だ。日本から料理修行に行っている日本人はゴマンといるだろうが、ちゃんとしたホテルレストランで総料理長をしている日本人は珍しいのではないだろうか。今年10年就労ビザも獲得したそうで、今のところ日本に帰ってくる予定はないという。

俺はこういう人生を展開させている人が大好きで、興味津々質問攻めにしてしまった。スマン!でも、こういう人の話は実に楽しい。本人は何気なく言っているのだろうが、示唆に富んだ言葉がドンドン出てくる。「何種類くらい料理が出来るの?」なんてど素人質問に「何種類でもできますよ。そこに材料を出してくれたらそれで作ります。料理名は出来てから《何とかの何とか風》なんていくらでも付けることが出来ます」なんてさらりと答える。「千円の食材を手間隙かけて1万円の料理にすることも可能です」なんてことも云う。「日本人が一般的にフランス料理と思っているのは、ロシア宮廷料理の流れを汲むフランス宮廷料理で、地方ゴトにおびただしい郷土料理がある。シンプルでお手ごろ値段の料理もたくさんあるのがフランス料理です」とキッパリ云う。

_041_3 宴会半ば、WD氏は「今からスパゲッティを作る。君は助手兼皿洗いさせたる」とシェフを連れ厨房に入った。当然俺も付いていった。展開は見えている。シェフが作るに決まっているが、塩コショウはどこだ、ざるはどこだと云われるたびにハイハイと差し出すのがWD氏の役目だ。スパゲッティカルボナーラは、フランス料理とは無縁だが、総料理長ともなるとその程度のことは簡単にこなす。手の動き、足の運び、手順、鍋の扱い、包丁捌きなど一つ一つの動作がリズミカルで明らかに一つの流れが出来ている。美味しい料理が出来るべきして出来ていると感じた。プロ中のプロというのはこんなもんだろう。

話はコマロ氏が宝くじを当てて、みんなをフランスに連れて行くから料理をオマケしてという、セコイ内容で締めくくった。しかし、料理人としてもさることながら、穏やかで爽やかな彼の人柄が気に入った。明日は近所の人たちとマレットゴルフに付き合わされるようだが、その後みんなで我家にお茶しにおいでと声をかけておいたが、来てくれるだろうか。

2007-02-20

風のたより VOL.511

しだれ梅

昨日は、一月下旬大阪で頚動脈のバイパス手術を受けた夕日の家MT氏を訪ねた。ずっと気になっていて、もう退院しているころだと思い様子を見に行ったのだ。玄関前で花たちに水遣りをしている氏を車から発見してホッとした。お茶をよばれ、1時間ほど相変わらずのバカ話に高じる。手術の経過まで笑い話の対象になるのだから侮れない。こうして時折訪ね合って、屈託ないおしゃべりのできる関係をいつまでも続けたいものだ。なんだかよく分らないが、四国の金毘羅さんの裏辺りにある白い椿を見に行こうということになった。俺は正直椿はドーでもいいが、「讃岐うどんも食べれるし・・・」の言に鋭く反応した。今週末ということだったが、後から電話があってまだチラホラ咲きだそうなので、来週にした。こうして次々に約束事が出来て行く。

今日のお昼に「我家の食料庫」HR夫妻を誘って、南あわじ市までスリランカ料理を食べに行った。前回行った時は甘ったるいカレーにがっかりしたが、帰りしな「事前に言ってもらったら辛く出来ます」と云われていたので、再チャレンジしたのだ。今日は、しつこく「辛して」と告げた。焼き立てナンにたっぷりカレールーを浸し口に放り込む。「ヒー、辛い、ええぞ、ええぞ」コレ以上辛かったら美味しいとは感じないだろうという俺にとって限界の辛さだった。大満足。他の3人は「美味しい」といながらも、だいぶカレーを残していたので、彼等には少し辛過ぎたのだろう。洲本のキューンカフェが閉店し、限界の辛さだった「タイ風グリーンカレー」が食べれなくなって残念に思っていたが、チト救われた。

_026_4 _031_2 帰り途中「しだれ梅の様子を見にいこか」となり、寄り道した。5年ぶりである。平日だというのに、こんな辺鄙な山里に次から次へと車がやってくる。「みんな暇というか、日本は平和やのう~」と自分たちのことを棚にあげて云っていた。しだれ梅は、満開にはもう少しというところだが、相変わらず立派だった。毎年見るほどのこともないと思うが、まだの人は一見の価値はあると思いますよ。全景と少しアップしたものを貼っておきます。

2007-02-19

風のたより VOL.510

確定申告

確定申告の用紙が郵送されていた。昨年までは年収蘭に「0」と記入して提出するだけだった。寂しい話だが面倒がなくてよかった。

今年は少し迷っていた。というのはサンケイ広告社から60,000円也の講演料支払い証明書が送られてきていた。もう一つの講演は、お金は戴いたものの、俺は領収書を書かされることもなかったし、支払証も来なかったので、MM社長のポケットマネーから出たように思う。結果、俺の昨年度の公式年収は60,000円ということになる。コレは画期的な出来事だ。

退職一年後、生れてはじめて行なった確定申告では、前年度の収入、つまり1,2,3月の給料+退職金、計?千万円の数字を書き込んだ。税金方面には全く疎い俺は、いくら税金を請求されるのかとビビッていた。ところが、この収入に対する税金というのはすでに天引きされていて、逆に控除とかがあって、なんと40万円戻って来るということで狂喜乱舞した記憶がある。しかし、冷静に考えたら、税金払い過ぎとったのを返してもらっただけ、つまり元々俺のお金やんか。税務署も「スマン、取り過ぎとった」くらいのことは言えばいいのに「返してやるからありがたく思え!」的態度やった。思い出して腹が立ってきた。

さて淡路島に移り住んで楽節6年目(本当は苦節というべきナンだろうけど、楽しく過ごしてきたからしょうがない)、初めて収入なるものを得た。詳しい数字は知らないが、年収100万円(くらいだったと思う)以下は非課税と聞いている。どうせ非課税なら0と書いても同じやンなぁ、その方が面倒ないなぁと思っていた。今日、他の用事もあったのでついでに市役所の税務課で聞いてみた。「これ書いといた方がいいですよ。源泉徴収は66,666円になっているから、税金は天引きされているので、その分戻ってくるよ」 うだつの上がらんオッサン、いやいやあんたはどっか見所がある人だと思っとった。

正直、俺にはヨー分らん話しなんやけど、たとえ1,000円でも戻ってきたら嬉しいやんなぁ。

女房は今年の12月で、俺は来年10月で還暦だ。60歳は嬉しくないが年金(一部だけだが)なるものが戴ける。まぁ無収入状態から脱却できる訳だ。支出蘭に記入するだけだった家計簿だが、収入蘭にも書き入れることが出来るようになるのだ。よくぞここまで生き延びたものだ。俺たち夫婦もなかなかやるもんだ。

60,000円とはいえ、確定申告の練習が出来てよかった。

2007-02-18

風のたより VOL.509

アートな人々(4)

アートな人々(1)で紹介した「ふれあい工房」SO夫妻、彫金師OS女史は共に我海平の郷の住人であるが、我郷にはまだまだアートな人々はたくさんいる。

Y&Kワークス YTさん(ガラスエッチング)

_007_3 _025_4 ガラスエッチングというのは、ガラス(板、グラス、ビンなど)に専用の機械で砂の粒子を吹きつけて、彫ったりスリガラスのように曇らせて描くものである。YT氏はコレを生業としたかったようだが、生活できるほどに注文を得るのが難しいようだ。俺も含め周辺の人は、出産祝いとして盾型の板ガラス、あるいは写真盾を注文する。売れ筋は「お雛様」(写真)と「兜」だ。氏名は勿論、言葉を添えることも可能なので、プレゼントとしては気が利いていると思う。喫茶部で使っているコップ(写真)にロゴを入れてくれたのも氏だ。なかなかいいでしょう。注文可。

愉悠舎MT夫妻(小説・エッセイ・・・夫、フラワーアレンジメント・・・妻)

_018_6 MT氏は文学する人である。2月1日付け当ブログで紹介しているので、ここでは省略する。夫人は、戴いた名刺に「フラワーアレンジメント」と肩書きが入っているので、きっと教える側の人なんだと思う。正直、詳しく聞いたことがないので分らない。今度聞いときます。彼女の作品(写真)も我家に展示してあります。兎に角、我家には作者本人が置いていった作品がたくさんあります。戴いたものなのやら、ただ預かっているいるものなのか俺にも良く分らん。

「天国と地獄の館」NKさん(油彩画、カメラ、尺八)

NK氏は、多趣味の人であるが、プロではない。氏は、1時間ほど周辺を散歩する以外はほとんど家を出ることなく、趣味に没頭している。家の壁には重なり合うほど自作の絵がかけられている。山間部で生まれ育ち、定年まで暮らしたのだから、今度は海の見える家で暮らすのだと、奥さんを残して単身でやってきた。氏を見ていると、本当は画家になりたかったのだろうなぁと感じる。でも、多くの人がそうであるように、生活のため、家族のため働いてきたのだろう。何十年と溜め込んだ描きたい思いを、今、寸暇を惜しんでキャンバスにぶつけているのだろう。「人生」正に悲喜こもごもである。

2007-02-17

風nたより VOL.508

一人暮らし考

2時間後、女房は津名バスターミナルに到着する、ほぼ5週間ぶり(間に2日ほど帰ってていたが)の帰島である。今日は午前中かかって家中の掃除をした。特に台所は念入りにした。占拠していた厨房を明け渡すからだ。以前にも書いたが、女房を喜ばすためではない。誰かがしてくれるなら任すし、誰もしないなら自分がやるという、俺の考え方、やり方なのだ。女房が居ないという事は、家事は全て俺がするしかないだけだ。やるなら、出来るだけ完璧にやりたい。キチンとバトンタッチしたい。

女房が家に入ったとき「あぁあ」とため息をつき、疲れた様子で台所の洗い物、掃除器かけ、洗濯、トイレの掃除などするところは見たくない。マイナスからスタートさせたくない、ゼロの状態で明け渡したいのだ。「久しぶりに、美味しいものを作ったるからね」と思わせたいわけだ。

話は変わるように思えるかもしれないが、俺は借金が嫌いだ。家を買うときのローンも気になって「こんな服を買ってる場合じゃない。俺は借金が一杯あるのだ」とプレッシャーを感じるタイプなのだ。それで毎月のローン返済と1年間貯めたお金を一括返済する方法で、できるだけ早く完済を目指した。兎に角ゼロ状態になりたいのだ。ゼロはいい。その日働けば、その日のウチにプラスに転じることが可能だから!マイナスは辛い。ゼロになるまでに大抵へこたれてしまう。

そう、女房がへこたれてしうといろんな意味で大変だ。女房であれ誰であれ、バトンタッチは気持ちよくしたいものだ。

さて、また夫婦2人暮らしに戻る訳だが、正直、一人飯の侘しさと、家事や犬の散歩など全て一人でやらねばならぬ煩わしさから開放される嬉しさはある。しかし、5週間と言えば結構な期間で、それなりに一人暮らしのペースが出来上がり、自分の思い通り一日が進行して行くという気楽さも捨て難くなる。

途中2日ほど女房がいたときも、食事等俺が全てやったのだが、片付けは女房がした。女房がまた大阪に出向いていなくなると「おいおい、あの計量カップどこに仕舞ったンや」「醤油がおらんやないか」「食器、鍋類は俺が使いまわすだけやから食器棚に入れんでええねん」など、自分のペースが乱れて少しイライラした。

さぁ、スパッと気持ちを入れ替えて、コレまで通りの2人暮らしに戻ろう。ただ、コレを契機に朝食と昼食は俺が担当しようかなと思ったりするが、ずっとということになると大変かなぁ。黙っとこ!

2007-02-16

風のたより VOL.507

アートな人々(3)

今回は絵本(写真)作家3人の紹介です。それもまさに一期一会、3人とも一度喫茶部に現れただけの人たちなのだが、なぜか印象に残っている。やはり作品も読んでいるので強いインパクトがあるのだろう。

木戸内 福美さん(児童文学作家)

_086_1 木戸内福美(よしみ)さんは、夕日の家MT夫人に伴なわれてきた。本を出版しているなんて知らなかったが、よくしゃべるオバサンで、かなり長時間話が弾んだのを覚えている。その後、MT夫人が「これあの人が書いた本やで」と持ってきてくれた。「洲本八だぬきものがたり」は、淡路弁で書かれた民話で、語り聞かせたらその魅力も倍増するだろうなぁと思っていたら、そういう活動をしている人であった。「あわじ文化」という冊子にエッセイの形で我々夫婦のことを書いていた。コレも後から聞いた話だが、保育士一筋の人で、その筋では超がつく有名人なのだそうです。お元気にしておられるでしょうか。

荒木絵美さん(絵本作家)

_261 アメリカ在住の荒木絵美さん、娘さんのスカイちゃん(当時小3)は、アトリエ風゛(ブー)さんに伴なわれてきた。とても穏やかで可愛い母子という印象であった。「まほうのどうぐばこ」は、アメリカで出版されたものを逆輸入して日本語版にしたものである。ご主人のスタンさん(アメリカ人建築家)は、淡路島で学んでいた時、アトリエ風゛(ブー)の建物を手がけた人である。現在はオハイオ州で大学の先生をしている。この絵本はその影響があるように思うがどうだろう。俺は元職の関係でたくさん絵本には触れてきたが、とてもいい本だと自信を持って推奨する。毎年夏休みに帰国すると言うことだったが、今年はまた淡路島にも立ち寄ってくれるかな。

松村六娘さん(写真&エッセイ)

Mumu 松村六娘(ムム)さん、娘さんの空ちゃん(ソラ、小4)は、ペンションオーナー・SK夫人に伴なわれてきた。母娘連れ、同年代ということだけでなく、ほっそりした小柄な体型、子どもの名前が「スカイ」と「空」、母子で交わす穏やかな会話など、前出の荒木さん母子と、ダブる。ダブりまくりである。この母子同士何とか会わせたいものだ。きっと母親同士、子ども同士、兄弟のようになるにちがいない。アトリエブーさんとペンションオーナーSKさん同士も仲良しだから実現するかも知れない。俺はムムさんの「空ノ天使」が甚く気に入り、すぐさまネットで購入し、帰国した長男の嫁クルミちゃんにプレゼントした。このとき、彼らはドキリとしたに違いない。彼らはイタリアにいるときから名前は決めていた。女房は知らされていたが俺は知らなかった。それが初孫「天(そら)ちゃん」だ。

スカイちゃん、空ちゃん、天(そら)ちゃん、3人が会うことなんてあるんやろか。あれば、なんだか楽しい。そうそう、近所の彫金師OS女史のお孫さんは「空(くう)ちゃん」だ。そんなにありふれた名前でもないだろうに、なにかご縁がありますねんなぁ。

2007-02-15

風のたより VOL.506

イチゴの温もり

アートな人々(3)を書く予定だったけど、ウォーキングがとても気持ちよく、チョットいいこともあったので変更する。

まだかなり風は強いものの、空はすっかり晴れ渡り寒いという感じはない。「春一番」と言う穏やかな感じとはほど遠い春の嵐が吹き荒れ、2日ほどウォーキング出来ないでいた。TIDEさんと競争しているからというわけではないが、兎に角早いこと体重を68㎏に戻したいので、今日は2時間歩くと決めて10:00に出発。

_008_1 郷内をあるいていたら、丸裸になった木立が目に入った。いつも通る道なのにこの一角には気付いていなかった。なんやイイ感じなのでパチリ!やっぱ冬なんや。

_009_4 _011_5 山を下り、海に出る。南側を向いてパチリ!180度回転して北側をパチリ!逆光に輝く海もよし、明るく青い海もよし。海は時々刻々と表情を変えるというが、同じ地点から南北を見比べるだけでコレだけ違うのだ。凄く得した気分で海側の歩道をドンドン歩く。

いつもなら塩田漁港から山道に入るのだが、今日は遠回り。途中で後ろから走ってきた「怪しい貿易商」が車を止め、「歩いてんねんなぁ。乗らへんわなぁ」と返答も聞かず追い越していく。次は釣りの相棒MR氏がニコニコと手を振りすれ違ってゆく。本当はかなりバテていて「乗るか?」と云われたら乗っていただろう。

_016_4 なんとか我家の斜面下道路にたどり着く。ワン達が「どこ行っとったんや、おやつの時間やろ!」と吠え立てる。ふとイチゴ園(そんな大層なもんじゃないが)に目をやると、なんと実ができてるやないか、かわいい花も一輪咲いている。うれしい驚きだった。2年目のランナーに実が出来ると聞いていたので、今年は出来ないものだと思っていた。それも露地栽培なのにこんなに早く実をつけるなんて、やっぱ暖冬なのかなぁ。普通は4,5月くらいやろうになぁ。

ウォーキングで薄っすらと汗をかいた身体に、心も温まってきた。今日もいい日や!

イチゴ一粒、一粒ほどの温かさかな!

2007-02-14

風のたより VOL.505

アートな人々(2)

昨日、アートな人々(1)を書いてから、後どんな人がいるかなぁと指折ってい見ると、総勢20名ほど名前があがった。日常的に親しくお付き合いさせてもらっているいる人から、たった一度会っただけなのに強く印象に残っている人もいる。一期一会というのをこの年になって実感している。

MT夫人(洋裁家)

_003_3 俺が勝手に「夕日の家」とか「人生の師匠」と呼んでいるMT夫妻のMT夫人は、知る人ぞ知る洋裁家らしい。らしいというのは、本人はそんなこと言わないし、俺はその筋の人ではないので、人伝に聞いたということだ。55歳で大阪のお店を畳んで、淡路島に移住したが、今でも「どうしてもあんたの作った服でないと」と云う人からの注文は受けているようだ。この前、話の端に「ボタンは、やはり大阪の船場まで行かないと気に入ったのが見つからないのよね。1個2200円で・・・」なんて出てきた。それは、何気ないツーピースだが、ボタン5つ付けても11000円? 俺が今身に付けている全ての服より高いやん!一着いくらするンやろ。しかし、本人は息子さんが5年前忘れていったヨレヨレのTシャツを着て草刈をしている。写真は、昨年作ってくれた正月用お飾り。プロは何でもできる。

MZさん(人形作家)

_005_4 彼女の作品は、ここでもたくさん紹介してきた。喫茶部を開いている間は、月替わりで作品を持ち込んでくれるので、見ていただいた方も多いと思う。「人生を感じさせる人形」がテーマと言い切る彼女の作品は、普通の人形のように可愛いとか、きれいとかいう表現はあたらない。顔も日本人というのでなく、世界のどこにでもいそうな顔である。存在感のある人形だ。最近はお孫さんにと、手作り布モビールや布で仕掛け絵本を製作している。販売可。

TIDEさん(イラストレーター)

Tide 彼については、多くを語る必要はないだろう。当ホームページの掲示板に毎日のように、彼の人柄そのままの「ほのぼのイラスト」を載せてくれている。画法は、線描した下絵をスキャナーでパソコンに取り込み、着色処理をほどこして仕上げる、パソコン画とでも云えばいいのだろうか。彼は使い減りしないというか、量産できるイラストレーターだと思う。パンフレットのイラストなどにはピッタシだと思う。なんとかプロとしてやっていけないかなーと願っているが、なかなか難しいようだ。誰かそのきっかけになるような仕事を紹介してくれませんかねぇ。

2007-02-13

風のたより VOL.504

アートな人々(1)

俺はアートぽいことは何も出来ないのに、なぜか我家には、プロ、アマを問わず、いろんなジャンルのアートな人たちが集う。訳分らん!このブログにもよく登場する人からまとめて紹介してみることにする。

ふれあい工房SO夫妻(陶芸、油彩画)

03290013 「ふれあい工房」主宰者SO夫妻は、陶芸教室を開いていいる。だが元々油彩画の人で、陶芸作品も絵を中心にしたものが多い。年一回お弟子さんたち(多くは喫茶部常連・女房含む)と作品展を開くほか、二人展など数多くの作品展に出品する。我家にいつも何作か展示してある。販売可。夫人は「みよちゃん!」と呼ぶと異様に喜ぶ。

OSさん(彫金師、能面うち、陶芸)

_092_5 近所の彫金師OS女史は、オリジナルデザインの指輪、ブローチ、ペンダントなどを製作する。まぁ、コレは本業なので当然販売可、我家を通じて結構たくさんの人が注文している。しかし、彼女が一番やりたいのは「能面うち」のようだ。能面のことは良く知らないが、彼女の作品を見ていると自分の薄っぺらい内面を見透かされているようで恐くなる。いつもアホなことばっかりユーとるのに、なんであんな作品が作れるんやろ?ありゃー二重人格やな。6月、7月、8月は月一ビアガーデンを開く。フラダンスが恐ろしい。

新伊秀策(漫画家、日本画家)

_002_2 OS女史が伴なって来たのが漫画(劇画)家:新伊秀策氏(ペンネーム)。丁度「色歌」(古代中国を舞台にしたヒューマンタッチの作品群)が刊行されたところだった。俺はこの作品がとても気に入ったのでアチコチ宣伝しまくり、次回作を待ち望んでいた。しかし、彼は「もう漫画は止めた」と高校の美術講師になり「まず生活の安定と本来の日本画に戻る」と言い切った。その後、超有名な劇画原作者から画を描くように名指しを受けたが、コレも蹴った。メジャーになるチャンスではあったと思うが、その志は高く評価したい。遠くない将来、日本画で名を馳せる日が来ることを願ってやまない。

今日はこの3人にしときます。

2007-02-12

風のたより VOL.503

一人暮らしはヤバイ!

昨夕は、HR夫妻、YT夫妻にくっついて緊急うどん部活動に参加してきた。鳴門の「丸亀」は2度目かなぁ。ここは長崎皿うどんのような「焼きうどん」が名物で、前回食って美味しかったけど、カレーうどんと同じく、俺のうどんの評価対象にはならない。それで、今回は「釜揚げ」(大650円)を食った。緬は腰のある讃岐風でまぁまぁの○、付け汁は味が薄めで物足らない△、量は(大)で丁度よかった。食べ放題800円にしなくてよかった。

さて、今朝ベッドを下りるとき「ン?肥ったかな?」と感じた。着替える前にパン一で体重計に乗った。「71.4㎏!コレはヤバイ!」 俺は70㎏を越えなければ良しとしている。俺の身長でいくと標準体重は60㎏と言うことらしいが、そんなヒョロヒョロにはなりたくない。しかし、70㎏を越すと、高脂血症だの悪玉コレステロールだのが幅を利かせるのでヤバイのだ。

今年になってかなりハードにウォーキングしているし、途切れがちながらダンベルも続けている。それなのに何故?って問う必要はない。肥る理由はただ一つ、食い過ぎだ。何ゆえ食い過ぎるのかも分っている。一人暮らしだからだ。「逆じゃないの?一人だったらろくなもん食べてないだろうに!」って思うでしょう。確かにろくなもんは食ってない。でも、作ったものは、お腹一杯だと思っても、こんだけ残してもしょうがないと食べ切ってしまう。コレ賞味期限一杯やなぁと無理して食ってしまう。いつもの食事より3食多め多めに食べてしまうのだ。貰ったお菓子類も果物も同じだ。もったいないと食べてしまう。また、コレがヨー戴くねんなぁ。俺は、自分でお菓子類を買うことはまずないけど、我家でお菓子類が切れたためしがない。今日も、久しぶりに来られたMRさんに戴いたなぁ。

しかし、ヤバイ!と思う自分がいるあいだは大丈夫。明日からきっちり2週間で、自分のベスト体重と決めている68㎏に戻す。俺は意外と決めたら、とりあえず結果は出すタイプなのだ。3㎏減らすことなんて楽勝である。ただ敵は宴会だ。すでに2つ予定が入っている。宴会で飲み食いをガマンする人生など送りたくない!宴会を断るなんて生きる資格はない!

俺は、元々、ウォーキングでダイエットできるなんて思っていない。ウォーキングは、心肺機能を活性化させ、筋肉や関節の柔軟性を保つためだと思っている。何をしようが食べ過ぎたら肥るのです。痩せるにはカロリー摂取量を減らすしかありません。そこのアナタ!聞いてますぅ?

2007-02-11

風のたより VOL.502

由良・練り子祭りのレポートならず

今日は由良ネット組のお誘いもあって、由良の練り子(ネリコ)祭りを見物してきた。で、当然本日のブログはその様子のレポートとなる・・・・筈だった! 

さっき犬の散歩をさせていて、HR夫人に会い、鳴門の「丸亀」にうどんを食べに行こうということになった。それで、取り急ぎ書き込みしてしまおうと、50枚はシャッター押した写真の取り込みを始めた。ン? いつもとパソコンの表示が違う。何度やり直しても同じ。パソコン自体は問題なさそうなので、カメラを見ると、なんと「画像がありません」の表示!なんということや、どういう状況でそうなったかは知らないが、全画像消去の操作がなされたようだ。こんなこと初めてや!訳分らん!

てなことで、練り子祭りのレポートをする気が萎えてしまった。地元の人の解説やこぼれ話をたくさん仕込み、50年前の練り子祭りのフィルムを見せてもらったりでネタは充分なのだが、もう気分が凹んで、あの活気を伝えることは出来そうもない。知り合いのHSさんのお孫さんも「練り子」だったのになぁ。AB氏はじめ、お世話になった由良の皆さん、そんなことでゴメンナサイ。今日はあえて書きません。来年、必ずもう一度行って、リベンジレポートします。

それでは、緊急うどん部活動に参加してきます。「丸亀」の名物は「焼きうどん」(実態は長崎皿うどんに近い)なのだが、今日は「釜揚げ」を食べると固い決意で臨みます。

2007-02-10

風のたより VOL.501

空振り三振

_115_3 _120_3 暖冬のためか、梅便りがきかれるようになったのでウォーキングがてら「香りの公園」(旧一宮町多賀)に出かけた。明け方まで降っていた雨も止み、からりと晴れ上がっている。Tシャツにセーターを被っただけだが、寒さは感じない。「コリャー満開かもしれんなぁ」と期待に胸を膨らませつつ、整備された公園内の道をズンズン歩く。ここはウォーキングと言うには余りにも狭い、直ぐ梅林に到着。ありゃりゃ、まぁ、ちらほら咲いてはいるが、寂しい感じ。樹も思っていたより小さく正に期待はずれ!空振り三振!

_124_2 コレじゃ、花も歩くのも物足らない。フト思いついたのが「水仙の丘」。去年NKさんに紹介されはじめて行って、感動ものだった。確かこの近くだったはずだ。歩いていけるかなぁと不安に思いながらいくと、なんと5分で着いた。小さなログハウス前の看板はきれいに書き直されていた。しかし、黄色いラッパ水仙は一つも咲いてなかった。主にも会えなかった。空振り三振!帰って調べてみると昨年は3月28日(「風のたより」VOL.183参照)に訪れていた。いくら暖冬とはいえ早すぎたようだ。

昼ごはんは、イザナギ神社前の「情熱食堂オレンジリンゴ」で摂ろうと決めていた。この食堂、最近アチコチで見られるようになり気になっていたのだ。オーナーはジャンさんの友達とか云っていたなぁ。1時少し前、時間をずらしたつもりなのに駐車場満杯で入れなかった。空振り三振!

国道まで戻り、志筑の「出雲庵」に行くが、ここも満杯!またしても空振り三振!

もう1時過ぎやになぁ、なんでやねん?と思いながらハタと気が付く。今日は土曜日や。俺は、ここ5年、土日はずっと喫茶部をやっていたので、土日のレストランの状況は知らなかったのだ。そういえば、2週間前淡路人形浄瑠璃を観に行ったときのレストランも、こんなに人が入るものかと驚いたものだ。

まぁーシャーない。土曜日は外食しないことにしよう。

明日は、由良に「練り子祭り」を見物する予定だ。由良ネット組のみなさんよろしゅうに!喫茶部を止めると、こんなふうに、これまで行けなかったところに行けるようになるなぁ。難しい選択だ。

2007-02-09

風のたより VOL.500

おつかいモモちゃん

「風のたより」VOL.500ということであるが、特に何の感慨もない。ただ、みなさんに「それがドーした!」と云ってももらえたら嬉しい。

今日は何の予定も無い。いまのところ雨も落ちてないようだから、歩きに出るかなんて思っているところに、外でなにやら声が聞こえる。幼児の声のようだ。ここは別荘地であるから、こんなオフシーズンの朝のうちから子どもの声が聞こえることはまずない。珍しいなぁ、誰か孫連れでお散歩のようやなぁと耳を澄ますと「あけてください!あけてください!」とはっきり聴き取れる。「おっ、ひょっとしてウチに来たお客さん?」慌てて階段を駆け下り、玄関ドアの窓ガラス越しに覗くと「おおっ、モモちゃん!」

モモちゃん(3歳)は、我家の前の坂道を1分登った突き当たりの家に住む、俺たちが淡路島の実家・食料庫と呼んで憚らないHR夫妻の長男夫婦の第2子である。ヨーするにHR夫妻のお孫さんである。

「あれ、モモちゃん、いらっしゃい!ドーしたの?なんか御用事ですか」と声を掛けながら辺りを見渡す。当然、近くにママがいると思ってのことだ。見当たらない。「モモちゃん、一人で来たの」こっくりうなづく。「これ!」とモモちゃんの頭くらいの大きさのレジ袋を差し出す。モモちゃんのママお手製のパンだ。先々週も貰ったのだが、俺が一人暮らしなのを気遣ってくれてるのだろう。

「ママと一緒じゃないんだねぇ。それじゃおじちゃんと一緒に帰ろうか」と手を繋いだところで、ハタッと気が付いた。そうか、モモちゃんのママはどこかに潜んで、モモちゃんの様子を見守っているのに違いない。モモちゃん、初めてのおつかいかもしれない。そうに違いない。

「それより、モモちゃん、一人で帰れるかなぁ。おじちゃん、ここで見てるから」モモちゃんはコックリうなずいてヒョコヒョコと歩き始めた。俺が大きな声で「モモちゃん、ありがとう。気をつけてね。さようなら」と手を振ると、モモちゃんは振り返りながら手を振り返す。三歩進むとまた振り返り手を振る。俺も負けじと大きく手を振る。それを何度も繰り返すうちモモちゃんの姿が小さくなる。坂の上でママが大きく両手を広げて待っているが見える。

モモちゃんは、ママの胸にゴールイン!

2_1 たった5分の出来事だったが、それで俺は今日一日幸せだった。とりあえず、天(そら)ちゃんのお嫁さん第一候補にノミネートしておこう。写真は、さっき女房が写メールで送ってきた今日の天ちゃんです。

2007-02-08

風のたより VOL.499

ジュリーの味噌作り秘話

ここ一週間は3夜連続宴会や2日間に渡る味噌作りなどでワイワイ・ドタバタと過ごしたが、午前、大阪に戻る女房をバスターミナルに送り、サティ周辺を1時間ウォーキングし、2,3日分の食料を調達し帰宅すると、何の予定も無い日が数日続くことに気付く。何度も云っているが、こんな落差が俺は好きだ。毎日ワイワイドタバタもしんどいし、向こう10日間なんの予定もないというのも寂しいが、エアー・ポケットのような日がポツン、ポツンとあるのはとてもいい。

さて女房の話によると、昨日の味噌作りで室内作業の女性陣は「コレだけスムーズに美味しい味噌を作れるようになったのだから味噌屋を始めよう」という話で盛り上がったらしい。1月2月は陶芸教室をお休みにして、2ヶ月毎日味噌を作って、ネットで販売しよう。普通の味噌より高めの値段つけた方がかえって売れるで!ラベルはどないする?人の顔がええなぁ。誰にする?ハルボンさんどないや、テレビに出てるから有名やで?あんな怪しい顔アカン!ほんなら誰よ?やっぱジュリーちゃうか?あの顔の横に「私が丹精込めて作りました」と書いといたら、なんとなく信用できそうやん。よーし、ジュリーでいこう!なんてことになったらしい。ジュリーよかったなぁ、やっと人生の花開く時が来たなぁ。そやけど、ジュリーは毎年味噌作りを手伝いに来てくれるけど、「うちはあんまし味噌汁飲めへんねん」と自分とこのは作っていない。

ついでといってはナンだが、ジュリーのことを妻の花ちゃん(コレも本名ではない)は「オイさん」と呼ぶ。なんで?と聞いていた人がいたので、僭越ながら俺が説明をさせてもらう。結婚当初から、花ちゃんは旦那のことを名前も呼ばず「オイ!」と呼び捨てにしていたらしい。回りの人が「そりゃ、なんぼなんでも可哀相やろ」と忠告したそうな。大いに反省した花ちゃんは「それは申し訳なかった。オイ!で失礼なら『さん』をつけて『オイさん』と呼ぶことにします」となった。反省をした花ちゃんは、エライと思う!

また、この2人が何ゆえ「ジュリー&花ちゃん」と呼ばれるようになったのか、知りたいと言う向きがあったらお知らせください。僭越ながら私がご説明申し上げます。

この郷では俺が一番アホだと思っている人が多いの思うが、トンでもない。ここで一番のアホになるにはまだまだ修行が足らん。

2007-02-07

風のたより VOL.498

味噌作り②

午前8:00、ふれあい工房には三々五々、味噌作り仲間が集まってきた。女性陣は陶芸教室が行なわれている部屋、男性陣は隣の空き地で作業に入る。

俺たち釜場担当は、早速カマドに火を入れる。今年はHR氏がどこからか一斗釜を手に入れてきた。それで5升釜(1回に4升の大豆)で3回、一斗釜(1回に8升の大豆)で3回、計36升の大豆を煮ることになった。6年前始めた時から変わらぬメンバーなので、段取りよくスムーズに運ぶ。MR夫妻だけ初参加であったが、MR氏は飲み込みのよい人で、俺なんぞよりテキパキと仕事をこなして行く。う~ぬ、貴重な戦力だ。

これまで何度か味噌作りの手順は紹介しているので、ここでは簡単に!

_094 前日から水にかしておいた大豆を、水と一緒に大釜に入れる、強火でドンドン煮る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

_103_4 沸点に近くなると、アクが出てくるので丹念に取り除く。少し火を落とし、吹き零れしないよう、程好い対流を保ちながらアクをとり続ける。ここが味噌作りのミソかな!スマン!

_109 煮汁(ミツ)が、黄色味がかり、マメを一粒噛んでポロポロと崩れる感じになれば出来上がり。バケツに大ざるをのせ、豆を取り出す。豆は急いで室内で待ち受ける女性陣渡される。熱いうちにミンチ機にかけねばならない。バケツに残ったミツは、水を張ったタライに入れ冷やす。

_105_2ミンチになった豆を、昨日調合しておいた「麹+塩」と混ぜ合わす。常温にさまして、ミツを適量混ぜペースト状にし、コレをソフトボール大に丸める。女将さん連中は、こいつを、味噌樽(プラスチック製)に「この飲んだくれのろくでなし亭主めが!」とわめきながら力の限り投げつけるのだ。我家に関しては非常に夫婦関係が円満なため、女房は投げつけるなんて暴力的なことはせず、味噌ボールを一個ずつ、両手を重ね全体重を乗せて押し潰す。ン?なんやこっちの方が恐そう!

_110_2 最後に、味噌の表面を平らにし、酒粕でキチンと覆い被せる。コレは味噌を外気と遮断させるためなので、我家は昨年からラップでしている。まぁ、この辺は各自勝手にということです。これで味噌作りは終了。あとは気温変化の少ない地下室のようなところで寝かすのが理想だが、我家は夏は相当ムシムシするデッキ下倉庫に入れている。カビは多いかも知れないが、大きな問題は無い。そのまま2年、3年と熟成させるところもあるが、淡路島の人は梅雨明けの7月下旬に開けて、熟成が進まないようにタッパに詰め替えて、冷蔵庫に入れる。若い白っぽい味噌がこのみなようだ。我家は1ヶ月遅らせて、少し赤みがかったものをよしとしている。コレも好みだ。

_111_2 今日は今までになく人手もたくさんあってスムーズに進行し、12:30には12家庭分全て終了した。恒例のおむすびと豚汁の炊き出しに舌鼓を打つ。野外でみんで食べるご飯は美味しい。会場を提供していただいている「ふれあい工房」さん、自分は他所で作っているのに、この味噌作りの会を、大豆の注文、麹作りから差配してくれているエミちゃんに感謝!みなさん、来年もまた楽しく味噌作りしましょうね。

2007-02-06

風のたより VOL.497

味噌作り①

今日は味噌作り1日目、午後1:00に準備スタートなのに、女房の乗るバスが1時間遅れの0:40に到着。俺は携帯を持たないが、女房が持っていたのでバスターミナルでイライラしながら待つ状況だけは避けられた。しかし、昼ごはんを食べる時間が無い。しかし、腹が減っては戦は出来ぬ。途中コンビニによって「カツ丼弁当」を買う。女房は「何にしようかな?」と品定めしている。「あほ、なんでもエエからハヨセー」と3週間ぶりの帰島なのに3分後には早くも険悪ムード。

家に付いたのが0:58、2分でカツ丼弁当を3分の1だけ食って1:00に軽トラに飛び乗る。あっ、ロープが無い。倉庫に戻る。無い。シャーナイ、車を出したのが1:07、MR氏を拾ったのが1:11、そこからHR鉄工に向かう。こんなときに限って、車一台しか通れない農道に、歩くよりはるかに遅い農業車(これについてはまた詳しく説明したい)が道を塞ぐ。何とかやり過ごしてHR鉄工に着いたのが1:17だった。

怒涛の37分間だったが、結果17分遅れてしまった。エミちゃん、スマン!俺はこう見えても約束日時にはこだわる。遅れることはまず無いのになぁ。

てなことで、HR鉄工の倉庫から大釜、カマドなど味噌作りグッズを軽トラに積み、ふれあい工房に運び込む。カマドの設置、釜洗いなど準備そのものはスムーズだ。なんせ6回目やもんね。女性陣は室内で、麹と塩をまぜ、大豆を洗いたっぷりの水にかす作業だ。3時過ぎには前日準備を終えた。今年は12家庭の参加で、男性陣も6人来てくれるようで、釜場も手際よく大豆を煮ることが出来そうだ。いい味噌が出来る予感!お天気も良さそうだしね。

2007-02-05

風のたより VOL.496

立ち話

日が長くなりましたね。今丁度5時だけど、まだ日が差しています。数週間前までは真っ暗だったような気がします。今日は、久しぶりに何の予定も無い一日でした。それでも、結構たくさんの人と言葉を交わします。

犬の散歩に出ようとすると車が止まります。上の愉悠舎さんのお隣の別荘族SS夫妻です。「おはようございます。コレから出勤です」「はい、気をつけて、行ってらっしゃい」 SS氏は毎週金曜日の夕方来て 月曜日の朝 神戸に帰り、そのまま出勤するパターンができているようです。因みに氏は江戸時代初期創業の酢の会社の社長である。いろいろお付き合いもあるだろうに、それらを絶って ご夫婦で静かな時間を持つようにしているのだろうなぁと勝手に想像している。そう、日本人はドーでもいいお付き合いと言うのが多すぎると思う。

鉢植えに水やりをしているとNK夫妻が散歩で通りかかる。夫妻は、宝塚在住の別荘族で2週に一度のペースで土日を過ごすようだ。ご近所宴会仲間でもあるので、気安い。「どうしたん?きょう月曜日やのに?」「そうやねん、珍しく一日ずれたんや」なんてことで立ち話が始り、孫の話題などで盛り上がる。

午後、お茶にしようか、ウォーキングに出ようかと迷っているところに、コスモスの丘主宰者けんたジィジー氏が来る。「丁度ええとこにきた、まぁ、あがりいなぁ」とお茶の相手が来たので喜ぶ。2時間ほどあれこれと話が弾む。氏は一昨年ご長男を亡くされ、お嫁さんとお孫さん引き取って一緒に暮らしている。「孫と一緒に暮らせて本当によかったと思っている。しんどいといえばしんどいけど、彼から生きるエネルギーをもらったよ」と言っていたのが心に残る。

けんたジィジーさんを送った帰り、コマロ氏と会う。氏は建築現場から、セッセと廃材を運び出している。「何してるン?」「これでなぁ、マレットゴルフの土止めしようとおもてんねん」 まぁ、とにかくコマロ氏をはじめ我郷の連中はマレットで明け暮れている。ご近所宴会でもほとんどこの話題で俺はおいてきぼりだ。それでも仲間内で一人くらいそっぽを向いているのが居ってもエエやろと、マレットゴルフには近寄らないようにしている。

夕方犬の散歩をさせていると、EM氏が庭でなにやら作業をしている。EM氏は、我郷で一番新しい定住者で、ボチボチ、玄関エントランスや池が出来ていくのを「おっ、やってる、やってる」とほほえましくみている。俺も6年前はあんなんやった。「今日は、なに始めたンや?」「菜園を作ろうと思てますねん」「ここは斜面やから、枠を小さくして平にするようにせんとアカンで」なんて先輩面をするもの楽しい。ほんまはなんも知らんのに!

てな感じで何の予定がなくとも、退屈することなく一日は過ぎて行きます。これも、ここでの暮らしのいいとかなぁ。

さて明日、明後日は味噌作り。女房もコレに参加するため一時帰島するようだ。昨年は我家単独で作ったが、今年はまた「ふれあい工房」に合流させてもらう。天気もいいようだし、いい味噌が作れそうだ。

2007-02-04

風のたより VOL.495

塩田地区文化祭

_089_4 _090_4 どこからどこまで指すのかは知らないが、俺の住んでいる周辺を塩田地区というらしい。毎年2月初旬(多分第一日曜日)、塩田小学校で地区の文化祭が行なわれる。絵画、写真、活花、陶芸、書写などが各教室に展示され、売店や模擬店も出て大学の文化祭さながらである。駐車場(運動場)は満杯で、この地区にこんなに人や車がいたのかと驚かされる。学校も日曜参観にしているらしく、体育館では子ども達が劇やコーラスを演じているらしい。らしいばかりでスマン!ちゃんと聞いたことが無いので、正確には知らんのです。でも、子ども達と保護者、地域の人々が一緒になって、こんなイベントが出来るのは素晴らしいと思う。

_081_2  _080_3 _088_2陶芸の出品者人は全部知っている人だった。まぁ、これは「ふ_086れあい 工房」の人たちだから不  思議ではない。しかし、うどんを作っている人、売店で販売担当している人_082_3_083_1中には見知った顔もあるし、行き交う人々の_085_4何人かは会釈をしてくれる。正直名前まで知らないのだが、一度は喫茶部に来てくれた人なんだろう。俺もこの地区に6年住んでいるいるのだなぁと妙に感慨深い。

地域に馴染んだいうと言い方も出来ないことはないが、正直、俺自身は地域に馴染もうとは思っていない。個人的には親しくお付き合いしたいと願っているが、地域の人になれるとは思っていない。むしろ程好い距離感を保っていたい。言葉は悪いが「よそ者」でいいと思っている。ただ、楽しそうに暮らしている「よそ者」でいたい。

チト、肩肘張った言い方をすると「田舎暮らしがしたい、淡路島に住みたい」とは思っているが「田舎人、淡路島人になりたい」とは思っていない。というよりなれないと思っている。ただ、この島に魅せられ、ワクワクと心弾ませやってきた者であることは知って欲しいと思うのであります。

2007-02-03

風のたより VOL.494

恵方巻

今日は節分、恒例の恵方巻作りです。会場を提供してくれたのはコマロ邸、あらかじめ相談して決めた分担の食材を持って午後4時集合。5年間前偶然持ち込んだ「焼き穴子」が好評で、それ以来、我家の分担となった。

_076_2 _070_2  「焼き穴子」は、北淡の「あさじ」というお店まで買いに行く。今日は生憎「並」しかなかったが、焼きたての熱々だったので満足。並が3匹、大が2匹で値段は同じ1050円である。俺は往復1時間半かけて買いに行くほど贔屓にしているが、正直言うと他のお店で買ったことはなく、比較対象したうえでの話ではないので、それほど自信を持ってお奨めしているわけではない。

_075_1昨年は俺も巻くのに加わったが、今年はベテラン主婦連に任す_078_4ことにした。今年は28本巻いたそうだ。どこやらの方角を向いてマルかじりなんてことは、さすがにもうしないが(一昨年)まではやっていた)、その場で腹いっぱい食べたうえ、持ち帰り2本も用意してくれた。一人暮らしにはありがたい。イワシの煮付けや豚汁、きな粉もちなども持ち込まれており、ビール、日本酒などもでてきて、プチ宴会の様相となった。予想通りの展開だ。

予想外だったのは、麻雀をしようということになったことだ。実は俺は、遊びの種目では麻雀が一番好きで、好きなだけにはじめたら切が無いので、淡路島では絶対にしないでおこうと決めていたのだ。無職無収入で暇を持て余すオッサンは麻雀はすべきでないと思っているのだ。20年ぶりくらいに牌をにぎったが、まぁ進行を滞らせないくらいには覚えていた。文字通り「雀の子百まで・・・」というやつやなぁ。半荘だけのお付き合いと言うことで今夜は終わったが、お願いだ!もう誘わないでくれ!誘われると根が好きなだけに・・・・・・

それで、勝ったのか?ってか?そんな下品なことを聞いてはいけません。

2007-02-02

風のたより VOL.493

タンス宴会

_065_2 WD邸で「タンス宴会」だという。何のことかヨー分らんけど、一人暮らし中の俺にとって、宴会は願ったり叶ったりだ。WD夫妻とは親しくしているが、邸内に入るのは初めてということになる。「タンス宴会」とは、この前我家の軽トラで、大阪からWD家のタンスを運び込んだらしく、その手伝いをしたコマロ夫妻、ジュリー夫妻を招いてのお礼宴会ということらしい。俺については、一応トラックの持ち主だし、嫁はんに逃げられて一人ぼっちで可哀そうやから呼んだろかと言うことだ。ラッキー!

ここも料理はWD氏が担当。(俺の周辺では旦那が料理を担当する家庭が珍しくない)これまで、バジルソース、トマトソース、カレー、ホワホワお好み焼きなど色々戴いている。バジルソース、トマトソースを貰うと女房は嬉々として巨大ピザを作るのが慣例となった。生地を練り、オーブン皿一杯に敷いて、WD氏特製のトマトソースをたっぷり塗る。あとはチーズなど、冷蔵庫にあるものをどんどんトッピングする。最後にバジルソースを点々とたらす。20分やけば絶品ピザのできあがりである。

_066_5 そんな氏のこだわり手料理をご馳走になるのだから、朝から楽しみにしていた。今日のメインはなんとステーキ、写真を見てくだされ、モー霜降り!ッて感じだ。ニンニク、塩コショーのシンプルな味付けが、この柔らか肉にはピッタリだった。何年ぶりかの贅沢をさせてもらった。魚介のカルパッチョ(自家製ドレッシング)、ヒジキの白和え、炊き合わせなどお酒に合う料理を考えてくれたようだ。最後にステーキを焼いた鉄板で、ガーリックライス。これが、また美味い。改めて氏の実力に感嘆した次第である。

_068_4メンバーからしていつものアホバカ話で盛り上がる。俺は昨夜愉悠舎さんとこでのブンガクテキ会話との落差を楽しんだ。ジュリーの3発のダジャレは、最近では珍しくレベルが高く平均75点を獲得した。う~む、久々の快挙だ。

明日は節分、夕方からコマロ邸で恵方巻をする。なんかたくさん集るそうだ。俺は焼き穴子調達が慣例とのなっているので、明日は北淡まで買いに走らねばならない。一人暮らしと言っても連日こんな様子。一人暮らしのようで一人暮らしでない!ベンベン!だ。

2007-02-01

風のたより VOL.492

愉悠舎さん

_056_3我家の前の道を1分ほど登ると、ポスト&ビーム工法の大きな家がある。ここが愉悠舎(屋号と言うか、BBSで使うハンドルネームのようなもの)さんです。愉悠舎さんご夫妻は、退職後ここで月のうち3分の1くらいを過ごしている。以前「俺は、薪ストーブに憧れていたけど、残念せざるえなかった」なんて話をすると「それじゃ、冬になったら我家で薪ストーブを囲みましょう」と云ってくれたのを今夜実現してくれたと言う訳だ。

_060_1  薪の燃える炎は、優しく穏やかな暖かさで心身ともにゆったりとした気分にさせてくれる。「ウ~ン、無理しても設置すべきだったかなぁ」と後悔。時折、ストーブに薪を放り込みながら、手巻き寿司を口に放り込みながら、日付が変わりそうになるまで話は弾んだ。政治、人生、田舎暮らし、家の造り、旅行、教育、今の世相など話題は多岐に渡る。氏は小説を志し、本格的に文学修行をしたこともあるようで、どの話題でもそのウンチクや洞察力には驚かされる。いつものご近所宴会アホバカ話ギャハギャハ笑いは楽しいが、たまにはこういう夜もいいもんだ。

夫妻は6月からピースボートに乗り3ヵ月半かけて世界一周の旅に出る予定だ。洋上からもホームページにアップ出来るようなので、ピースボートレポートがリアルタイムで聞けるかもしれない。因みに、愉悠舎さんのアドバイスで始めたのが当ブログで、その後、氏もホームページの中にブログを開設した。映画批評と紀行文が中心だが、俺のアホバカ文と違って、文学の香り高い文章が綴られている。簡潔でありながら、ずばりと本質をつく氏の映画批評が俺は好きだ。書き下ろしの短編小説も何篇か掲載されている。底辺に暮らす人々を題材にした地味な作品が多いが、それはシニカルだが温かく潔癖な氏の真情を物語る。是非一読をお奨めする。

http://www.eonet.ne.jp/~yuyu-sha/