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2007-11-30

風のたより VOL.795

幾つになっても子どもは子ども

義母(80歳)と義妹が大阪からやって来た。義母は腰が曲がり、通常の歩行は難しくなっている。バギーを押しながらだと何とか歩けるのだが、そんな自分が嫌なのか、遠出を渋るようになった。引きこもるとよけい歩けなくなると、女房と義妹はできるだけ連れ出そうとするが、何やかやと断ることが多い。しかし、今回は「淡路島に行ってみようかね」と自ら言い出したそうだ。それは素晴らしい。

幸い今日はいいお天気で、明日から師走だとは思えない暖かな一日だった。義母は何度か来ているのだが、始めて来たかのように「庭が広いねェ。海がきれいねェ。いいところだねぇ」と繰り返し言っていた。「静かだねぇ、だけど淋しくはないかねぇ」と心配そうに訊く。喫茶部やご近所宴会や食べ助け物々交換のことなど話して聞かせると「賑やかでいいねぇ」と安心した表情を浮かべた。

「義母は、淡路島を訪ねるのはコレが最後だと思って、自ら行きたいと言い出したのではないか。娘が幸せに暮しているのを確認したかったのではないか。ココに移り住んでよかったねぇといいたかったんじゃないか」そんなことが脳裏に浮かび、俺は不覚にも涙腺が緩んだ。用がある振りして2階に上がり、パソコンの前に座り、しばらく目を閉じていた。

大阪から淡路島に移り住む時、俺の両親はすでにいなかった。女房の両親は健在だった。義妹が近くに住んでいるとはいえ、長女が大阪から居なくなるのは心細く感じたことだろう。俺は、義父母に対する後ろめたさは感じながらも、そのことを口に出したことはない。義父母も何も言わなかった。「何で仕事を辞めてまで淡路島に行かんなんらんねん」と思ったことだろうなぁ。

この間、義父は亡くなり、義母も80歳になった。義妹と同居するようになり、俺たちは安心しているが、義母がもう直ぐ還暦を迎える娘(女房)を心配しているのかと思うと胸が熱くなったのだ。幾つになっても子どもは子どもやねんなぁ。と同時に義母は弱気になってるんじゃないだろうかと少し不安になった。

実は俺の両親、義父とも申し合わせたように83歳で亡くなっている。だから義母には絶対それ以上生きて貰わないと困る。それが俺たちの指針になるし、息子、孫への指針となる。俺の記憶に残る祖父母は「ナツばあちゃん」ただ一人だ。俺の息子達は4人の祖父母が記憶に残るのだから幸せだ。家族は大事だね。

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