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2008-01-15

風のたより VOL.824

オッサンとオジイの狭間で

朝の10時ごろ畑に行ったのだが、水たまりに氷が張っていた。こんな時、氷を踏んづけたくなるのは子どもの頃からの習性だ。氷の割れる音が心地よい。ええぞ!ええぞ!他にないかいなと目を凝らす。あるある、グヒヒヒッと変態性笑みをもらしながら近づく。両足をそろえて、飛び乗る。ベキベキッ、ブシュ(中の水が飛び出る音)。あ~快感!もうすぐ60歳のオッサンもやる時はやるのだ。

オッサンといえば、俺はいつからオッサンになったのだろう。明確に覚えているのは、上の子が3歳くらいだったから、俺は30歳前後だと思う。息子の友達が何人か遊びにきており、そのうちの一人が「オッチャン、あんなぁ~」と話しかけてきた。その時はじめて「そうか、俺はこの子たちから見ればオッサンなんや!」と自覚した。

俺が一時期心酔していた児童文学作家・灰谷健次郎さんが教師を辞める時、子どもたちに「明日から、ただのオッサンになります」と告げて去った。これはなぜか強烈に印象に残っていて、俺も早く辞めてただのオッサンになろうと思ったものだ。それで7年前止める時言おうとしたが、別に言わなくても思いっきりただのオッサンなので止めた。

しかし、またまた考える。いつまでオッサンでいられるのかということである。オッサンは、他の言葉に置き換えれば中年であろう。中高年といっしょくたにされることもああるが、中年と高年の境は何歳なんだろう。熟年、老年なんて言葉もあるが、自分をオッサンと言っていいのは何歳なんだろう。またドーでもええことを考え始めたなぁと思うだろうが、きちんと数字で認識しておきたいと思う。

とりあえず50歳代はオッサンで問題なかろう。一般的な定年は60歳だし、還暦という言葉もあるので、大きな人生の一区切りには間違いない。いっそここをオッサンの終りにしようかとも思うが、いや待て待て、オッサンの次はオジイなのだから、遅らせるものなら遅らせたいと思うのは人情というもんだ。

で、65歳というのはどうだ。年金完全支給は65歳だし、高齢化社会という言葉の高齢とは65歳を指していたんではないかなぁ。限界集落というのも65歳以上の割合で言われるんじゃなかったかなぁ。間違っていたらスマン!俺の住んでいる所が、津名町だったころは、60歳から温水プールがタダだった。俺は60歳になるのを楽しみにしていたのに、合併して淡路市になって65歳になった。タダでプールに入らせてくれたら60歳でオジイでかまわないのだがなぁ。

まぁ、あと9か月はオッサンで、どこからもクレームつかないのだから、またじっくり考えることにしよう。こんなドーでもエエことを、ガクジュツ的に考察するのは俺だけだろうから貴重なのだ。

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