庭先の暖冬異変庭先に咲く花々1庭先に咲く花々2

1月半ばの現在はさすがに厳しい冷え込みであるが、それまでは昨年暮れからずっと暖かい日が続いていて、我庭先にも暖冬異変がおきている。未だコスモスの花が咲いていて切花にして部屋に飾っている。マーガレットが満開状態である。初夏のビールのお供にと出窓下に植えていたスナックエンドウも花が咲いてしまった。畑の畦道にアザミも咲いていたなぁ。しかし、これらも一度霜が降りたら、瞬時に枯れてしまうだろう。なぜかスマンと謝りたい気持ちだ。昨年は1月5日に雪が積もり(VOL22参照)「淡路島の反則技だ」とわめいていた記憶があるが、暖か過ぎる冬もなんだか釈然としない。地球温暖化と云うのは何や嫌なイメージの言葉やなぁ。やはり夏は正しく暑く、冬は正しく寒いのがいい。

餅つき(12月28日)餅つき 1餅つき 2

「みんなで楽しく餅つきをしましょう」と発案したのは日本一やかましいナースAS夫人だ。しかし「夫の誕生日を、餅つきしてみんなで祝え」という隠された真実は、知るひとぞ知る。ナースが俺を「餅搗き実行委員長」に任命した。俺は実行委員長などと云う地位は初めてだから嬉しい。しかし、それにはまたまた隠された真実があった。俺が実行委員長だと知ってから回りの連中の動きは素早かった。ふれあい工房から「餅つき用具一式揃ったので確認を」、YT夫人から「もち米安く手に入れました」、地元工務店HR氏から「薪の用意が出来ました」、AK夫人から「きな粉はたくさんあるから買わなくていい」等続々と連絡が入る。連絡というより事後承諾だ。つまり、餅つきの事などナーンも知らん俺に任せてはおけないということで、自主的にドンドン準備を始めたのだ。焚き火ナースめは、ここまで読んでいたに違いない。こういうことには長けている。当日、目覚しい活躍をしたのは経験豊富な(決して年寄りなどと云ってはいけない)、TM夫人(お茶の先生)、TN夫人(グランマヨーコ)、AK夫人(明るい農村部師匠夫人)の御三方である。合取りはグランマヨーコが手本を示し、HR夫人、その息子嫁のMKさんに引き継がれた。技の伝承風景が美しい。搗き方は、ヨレヨレの男ばかりだったが頻繁に交代をくり返し、予想をはるかに越える立派な餅が搗き上がった。TM夫人は、餅の丸め方、アンコの包み方など丁寧に指導していた。師匠夫人は、常に全体を見回し、必要と思われる物を間髪を入れず家から持ち出し提供していた。お陰でスムーズに進行し、搗きたて熱々柔らか餅を、アンコ・キナコ・オロシダイコンの3種の味で食べることが出来た。こうして、みんな忙しく立ち働く中、ナースはもち米を蒸している横の焚き火で芋を焼いては喰い、七輪を持ち出しイカの一夜干を焼いては喰い、餅が搗き上がれば真っ先に喰い付いていた。俺もこんな生き方がしたいと強く思った。その夜は当然宴会本部AS邸で「餅つき反省会兼AK氏誕生祝い宴会」が持たれたが、新行事の大成功に全員とても満足気な顔で「来年は5臼搗こう」「よもぎアンコ餅を作ろう」などと盛り上がっていた。餅つきは恒例行事となるのだろうか?

新年会のシメはお経?(1月2日)

1月2日に我家で行う「お正月料理食い尽し宴会」は、すっかり定着し年々参加者も増え、3回目の今年は7家族17名集まった。料理は正にオセチの競演で、黒豆・ゴマメ・栗金団など食べ比べ、作り方を教え合うという有意義な展開からスタートした。今回は特にYT夫人の「パイナップル味栗金団」が注目を集めていた。あくる日、ナースから「私達が居ないからとって格調高い宴会やってんのちゃうやろなぁ」とメールが入っていたが、実はその通りになっていたのだ。料理も食べ尽くし、しゃべり尽くし、シメのコーヒータイムでのこと。大学生だった息子さんを亡くしている焼き方MR氏は、四国八十八箇所を2度も巡り、一寺一寺、般若心経の写経を納めたのだということを少し辛そうに話した。「般若心経だったら私も言える」とYT夫人が唱え始めた。それに続いてYT氏、MR氏、TN夫人が唱和し始めた。その時は話の流れで何気なく聞いていたが、ヨー考えたら、なんで新年会のシメにお経を唱えないかんねん。俺もこの歳まで数々の宴会をこなして来たが、お経で締めくくるなんて初めてや。お経の唱和が終わると最長老TN氏(75歳)が重々しく云った。「お前ら年寄り臭いのぉ」 格調が高すぎるのも考えもんだ。新年会

正しい尿道結石への道

1月9日午前、庭仕事をしていた俺は突然左脇腹付近の激痛に見舞われ一時間程のたうち回った。その後はケロリと治まったものの、持病の腰痛とは明らかに違う嫌な痛みに不安を残した。その日の夕刻、探り釣師YM氏から初竿の誘いがあったが、朝の様子を述べ、さすがに断った。11日、コマロ邸で鏡開きのお善哉が振舞われたとき、このことが話題になり、小作農HS氏が「それは尿道結石だ。私も経験がある。ビールを飲みまくって石を流した」と都合のいい治療法をるる解説していた。今度痛くなったら昼間ならコマロ氏(夕方以降は酔っ払っているので使い物にならない)、夕方以降はYT氏が車に乗せて病院に担ぎ込むと取り決めた。俺はそこにいた者に「入院しても見舞いに来てはならない。こんな喧しいのが入れ替わり立ち代りきたのでは治る病気も治らなくなるばかりか、きっと病院も追い出されるに決まっている。まぁ、しかし見舞金だけは受け取るのでよしなに」と申し渡した。家に帰ると探り釣師からメールが入っており、尿道結石に関する克明なレポートが記されていた。彼も俺の痛みは尿道結石の疑いが濃厚だと考えたらしい。彼は尿道結石の超ベテランで、もう何度も経験しているのだと自慢げに云う。そのレポートの最後には「因みに私のオチンチンから出た結石は、チョコレートに粉砂糖をまぶしたような立派なものでした。別に私のモノが立派ということではありませんが……」とあった。ドアホ!モロに自慢やないけ!しかし、これで知識も認識も確立し尿道結石対策は万全となった。「さぁ、痛みよ、何時でもいらっしゃい」と待っているが、10日経ってもなんともない。その後、ヒット丸船長邸での「新酒と手作り生ハム宴会」(写真)で、隣に例のナースがいたのでこのことを話したら「今痛くないならほっとき。多分食べ過ぎや」だと。これは俺のミスで、ただ単に相談相手を間違っただけだ。いずれにしても正しい尿道結石への道は険しい。

昼めしの問題

「退職後は夫婦2人暮らし」というパターンでは、三食自宅で摂らねばならない。これがかなり大変だ。中でも昼飯が悩ましい。我家では現在その問題に直面している。昼飯は、朝飯のように毎日定番メニューというわけにもいかず、さりとて晩飯ほど手間暇をかけてはいられない。この「風のたより」で、やれ「豪華持ち寄り宴会料理」だの「食材の宝庫」だのと云っているが、こと昼飯に関しては、恥かしくお寒い状況を告白せねばならない。うどん、素麺、スパゲッティなどは面倒(ダシャレのつもりは無い)な部類に入る。残り冷や飯でチャーハン、作り置きのカレーなどは良い方で、スーパーで買ったお弁当、冷凍食品・カップ麺で済ませることも多い。出来れば片付けもしたくないのだ。たまに外食することもあるが、経済的事情から出来るだけ避けねばならない。昼飯については未だなんら方策を見出せないまま、エーカゲンな状態が続いている。賢明なる読者諸君、手間暇お金を掛けないで、美味しいバランスの取れた昼食メニューを教えてくれ! 今、ふと思い出したのだが、仕事をしていた頃、訳あって午前11時頃、職場近くの喫茶店に入ったことがある。そこは学校の子供達の母親で一杯で、アチコチから「先生!こんなところで何してんの?」と声が掛かりビックリしたことがあった。その時は「お気楽な母親達やなぁ」と思っただけだが、今思うと彼女達は、夫や子供達を送り出し、朝食の片付け、掃除、洗濯などを終えた後、喫茶店のモーニングサービスで早目の昼食をしながら、近所の人たちとおしゃべりを楽しんでいたのだな。チョッと家庭から解放され、昼食も済ます事ができ、片付けも要らない、技ありの350円だよな。ウ〜ム、大阪のオバハンはエライ!

欠席届けと洗車男洗車男

喫茶部常連IZ夫人は、毎日曜日顔を見せるが、どうしても来れないときはその旨メールが入る。この欠席届、他の常連達にも普及し、今では当然の義務として定着している。彼女、見た目はフランス人で通りそうな風貌であるが、しゃべると関西のオバハン丸出しで、言葉が飛び交う会話より一人しゃべりを得意とする。ご主人は積極的な社交家ではないらしく、俺は日常的なお付き合いは無い。この「風のたより」を読んでいると、いつも全員がうち揃ってワイワイやっているように誤解されがちだが、静かな暮しを求めて来ている人達も居る訳で、そんな人達に過干渉することは絶対にない。ココは田舎だが、住んでいる人は以前都会のど真ん中で暮していた人達が殆どで、年齢的にも高く分別盛りの大人社会なのだ。(ホントかなぁ?)ココでは一人一人が好きなように暮らすのが大前提だ。周りに合わせる必要は無い。さて、IZ氏は、夫人に云わせれば、一日の大半を庭で過ごし、芝生に散水しているか、洗車をしているかの「水遊び男」だそうだ。無類の綺麗好き几帳面男らしく、この前、夫人が「ハルボンさん、今、家の前に車もっておいで。あんだけ汚かったら見るにみかねてきっと洗車始めるで」と云うのでそうした。案の定、IZ氏は高速噴射機を持ち出し、丁寧に洗ってくれた。恐るべし洗車男。夫人の悩みは、我家の3倍は払う水道料金だ。