日向ぼっこ?湯浴み?誰が?

日向ぼっこの鉢植え

1月22日、それまでの暖冬が嘘のように猛烈な寒波が突然やってきた。先月号で心配していた通り、マーガレット、ラベンダーの花は一夜にして枯れ、スナックエンドウの葉は、「私もうダメ」となまめかしくしなだれかかっていた。鉢植えの草花は、花びらがドライフラワーのようになっていて、触ると粉々になった。地植えの植物はどうしようもないが、鉢植えは「ひょっとして生き残るかも?」と屋内に緊急避難させた。4日ほどして暖かくなったので、外に出してやった。久々に陽光を浴びた草花達は「嬉しいな」と声を上げていた。運良く生き延びることができたようだ。それ以降、最低気温が零下を下回る予報のときは屋内に入れ、日中は庭で日向ぼっこさせている。 元々屋内に居たベンジャミンやポトス、アジアンタムなどの鉢植え観葉植物を、女房が風呂場に運び入れている。「何してんねん?」と問うと「この子達に生まれ故郷を味あわせてやってんねん!」と応えよる。「バァ〜カめ」と無視したが、何日か後、目に見えて葉の色艶がよくなり、アジアンタムは一回り大きくなっているのを発見してビックラこいた。入浴後、湯を抜かず蓋を開けておけば、短時間にしろ高温多湿の亜熱帯性気候状態になり、それ系の植物は俄かに活気付くのだそうだ。単純だが良い奴等だな〜と思った。

「味噌」自力製作路線突入

味噌作り風景「ふれあい工房」での味噌作りも3回目である。これまでは味噌師匠が来てくれ、道具類もそこで借りる「おんぶに抱っこ」路線であったが、今年はみんなでお金を出し合い、電動ミンチ機を購入し自力製作路線に踏み切った。俺は今年も「煮方」で、2つの釜で各4回、計8釜32升の豆を煮たのだが、最も重要な一番釜の煮汁(みつ)も完璧で、8釜とも煮零れさせることなく煮上げる事が出来た。今年は11家庭の参加があり、男手が6人もあって、火加減、アク取り、運搬、投付け役等の分担ができたので、余裕を持って作業ができた。屋内作業の女性陣はお手伝いだけというのもいて、それは賑やかだった。君子危うきに近寄らず。でも人手が多いことはいいことで、コーヒーと手作りお菓子のおやつタイムがあり、昼食はオムスビと豚汁の炊き出しがあり、終了後にはお善哉が振舞われた。初めて参加した方が「楽しい。楽しい」を連発していた。確かに目的は味噌作りだが、こうして人が集うことが大切なんだと思う。味噌作り風景2集うというのは、「○○しよう!」と発案する人がいて、会場を提供する人がいて、リーダーシップを取る人がいて、役割分担に応じる人がいて初めて成立する。何より普段から気軽に声を掛け合える雰囲気あるからできることだと思う。その意味ではココ「海平の郷」は理想的な状況といえる。別荘地でありながら定住者も多く、別荘族とも和気あいあいで、その上地元の人も入ってくれる。しがらみも利害関係もない「独特な空間」が成立している。「海の見えるログハウスで暮したい」だけの思いで住み着いたのに、こんな集団の一員になれて俺達はつくづく幸運だと思う。

喫茶部での話題あれこれ

25歳定年イザナギ神社

最近喫茶部に来るようになったTJ君(消防士25歳)が、彼女を伴って現れた。彼女は伊弉諾(イザナギ)神社の巫女さんで、この1月で定年退職したという。それがなんと25歳やって。それがどうしたと言われても困るが、なんや「へぇー」といいたなるやん。俺にとって巫女とか神社というのは全くの未知ゾーンなので、彼女を質問攻めにしている。彼が徳島県、彼女が岐阜県出身なのに、淡路島で就職して出会うというのも珍しいなぁ。それにしてもココに来て老若男女、職種、出身地を問わず様々な人たちと出合う。楽しいよなぁ。

大当たり

YT夫人はスーパージャスコの買い物ラリーとかに応募して、なんと「10万円の旅行券」を当てた。その直後、他の何かに応募して「京都一泊旅行」も当てた。俺が「今度は絶対車当てるで!」と憎まれ口を利くと「それも、もう当てました。修理に出してます」だと。なんでココはこんな作り話のようなことばかり起きるのだろう。この原稿を書いている今、YT夫妻はおフランスざーます。その間、俺達夫婦はYT家の3頭の犬を朝夕散歩させなければならない。人間は公平ではないと思う。あっ、そうそう「京都一泊旅行」のホテルではディナーショーがあったそうで、それがコロッケの物真似をする人のショーなんだと。それも何だかなー。

200億円

青色発光ダイオードの発明者に200億円の支払い命令という判決があった日にOMファミリーが喫茶部に来ていた。OM氏が何の研究をしているのか全く知らないが、大阪大学工学部の先生だし、まだ若いから(ギリギリ30代)、200億円の発明をする可能性が無いとはいえない。「もし200億円手に入れたら、俺ン家の前の土地を買って、俺たちが住んでいる間は家を建てないでくれ。できれば畑として使わせて欲しいんやけど……」とお願いした。なんやミミッチイなぁ。

霊場巡り

先月号の「正月お経宴会」の発端となった焼き方MR氏が「西国三十三観音霊場納経帖」と「四国霊場八十八ヶ所納経帳」を持って現れた。一晩お借りして、ゆっくり眺めた。どちらも全ページ朱印で真っ赤に染まり文字の識別ができない。それもその筈、「西国三十三……」は15回、「四国八十八……」は2回巡ったそうである。しかも、その都度一寺一寺、般若心経の写経を納めたのだそうだ。単純に計算しても延671寺を巡り、同じ数の写経を奉納したことになる。このために費やした時間は一体どれほどになるのだろう。それだけ心の空洞が大きかったということだろう。こんなこと勝手に言っては怒られるかもしれないが、信仰と云うより「心の旅」をしたのだと思う。 そういえは近所の彫金師OS女史は「四国霊場八十八ヶ所」全行程を徒歩で巡ったと云っていた。靴を3足だか4足だか履き潰したという。彼女もまた心の空洞を抱えていたのだろう。「アホ・アホ・アホ」と踊っている只のオバハンではないのだ。(VOL36号参照) 俺はと云うと、その気になれば車で4時間コースという淡路島七福神巡りに出かけたが、4寺巡ったところで挫折し帰ってきた。お腹に空洞ができたためだ。ウ〜ム、面目無い、情け無い、金が無い。

コマロ特集還暦祝いケーキMS夫妻

2月19日はMS氏(コマロ)の誕生日だった。還暦である。以前から「カンレキ・カンレキ」とワメいていたので、2月初旬にお祝いの樽酒を届けておいたのだが、誕生日は忘れていた。当日小宴会をするからと連絡が入って、急いでケーキを買いに走った。ケーキ屋で「バースデーケーキを作ってくれ」というと「おめでとうと入れておけばいいいですか」と若い女の子の店員が云う。さほどめでたくもないので「還暦祝いと入れといてくれ」というと彼女は「プッ」と吹いていた。宴会は少人数ながら大いに盛り上がった。途中、体調を崩して一月ほど仕事も休み盛り下がっている大阪のナースから電話が入ったので「落ち込んでいるナースという新種の生物を見てみたいので、早くコッチに来い」と励ましておいた。コマロが還暦の記念に集会場に寄付する卓球台がもうすぐ届くというと、小作農HS氏が「ピンポンと鳴ればタッキュウビン」といいよる。ショーもないけど、今度どこかで使ったろ。夫人が「コマロ激動の10年」と題して講演を始めたが、1994年上半期から進展せず、残りの9年半については「胃癌になってイカン」の一言で終わらせた。 今回はコマロ特集と言うことでコマロと我家を結ぶ「縁は奇なもの味なもの」話を一つ。 喫茶部によく来てくれるHRさんは2児の母親とは思えない若々しく可愛い女性である。 (俺も最近気を使う)京都から嫁いできた。彼女を最初に我家に連れて来たのはコマロである。コマロは「たこせんべいの里」という製造販売所が痛くお気に入りで、自分の家に来たお客さんは必ずココに案内する。そのうち店長さんはじめ従業員の方々とも馴染みになり、ついには家に招待するようになる。このへんが俺には訳分らん生態で、なんぼ気に入った店でも、そこの従業員を家まで連れて来るか。さらに俺ン家まで連れてくるか。そしてさらにHRさんが実母を伴って我家に来る。そして彼女たちが、名古屋に住む俺の親友夫婦の親戚だと判明する。本当に世の中は狭い。また、すこぶる美人の店長には(なんで俺はこんなに気を使うのだろう)、この「風のたより」を愛読頂いている様である。夕日の家(VOL27参照)に行ったとき、パソコンを扱わないMT夫妻の所に、プリントアウトされた「風のたより」全号あったのにビックラこいた。店長とMT夫妻も繋がっていた。店長は紫陽花園のオーナーとも繋がっていた。う〜む、顔がデカイじゃなくて顔が広い。それにしてもコマロの生態は理解に苦しむ。

ハルボン倶楽部3大メディア制覇なるか!

ABCラジオから出演依頼!、というようなオーバーな話ではないが、「アベロクのどんまいサンデー」という番組で電話インタビューしたいと言ってきた。俺も何度か聞いた事があるし、タイガースファンとしてはアベロクさんのインタビューを断るわけにはいかない。2月29日か3月7日の予定である。(AM10:30〜12:30) 実現すれば、新聞・テレビ・ラジオと3大メディア完全制覇となる。 まぁ、10年くらい後に「そんなこともあったなぁ」と思えればいいのじゃないか。