ふれあい工房二人展の模様

二人展(3月26〜29日・洲本市民会館)

二人とは「ふれあい工房」のMiyoko氏とその師匠にあたる安永麦州画伯(新水墨画)である。画伯は淡路島を材題にした作品を多数展示されていた。画伯の作品を俺が評するなんておこがましい。ただ、Miyoko氏の陶板画を中心にした作品群は、失礼ながら驚きであり、感動であった。だって、まぁーユーたら、俺にとって彼女は近所のオバサンであり、Miyoko氏の作品喫茶部のコーヒーカップの作者であり、家に展示してある油絵の作者である。彼女の作品はよく知っているつもりだったのだ。しかしそこには俺の知らない新鮮な「Miyokoワールド」が展開されていた。開催中は喫茶部でも、一様に「素晴らしい!」と話題の中心であった。

量り売り

二人展の数日後、展示してあったうちの4点を我家に展示させてもらうことになった。それを眺めながらMiyoko氏と話が弾む。

俺:「二人展ではたくさん展示してあったやん。あれ倉庫に眠らせとくのもったいないやん。売って儲けようぜ」

Miyoko:「売れるかなぁ」

俺:「売れるって。YT氏のガラスエッチングの作品を我家のテーブルに置いといただけで、もう10枚は注文あったと思うデ」

Miyoko:「そうか。それええな。ナンボにしょうかなぁ。まず、重さを量ってみて……」

俺:「また量り売りかいな。他に決め方はないのかいな」(VOL19 参照)

Miyoko:「そうや!私の油絵は1号1万円やと、ちゃんとした鑑定士がユーとったで」

俺:「1号言うたら葉書大やな。よし、それでいこう」

Miyoko:「でも、額縁も結構高いねんで」

俺:「売れたら100円ショップの額縁に代えて渡そう」

Miyoko:「何や儲かりそうやな。儲けは山分けしょうか」

俺:「ホンマか?ホンナラもっとデカイの展示しよう。それに作者が死んだら価格が上がる    言うしなぁ」

Miyoko:「私が死んだら、山分けでけへんで」

俺:「そら困るなぁ。全部売れるまで死なんといてくれるか」

知らず知らずコマロ化している自分が怖い。

スプリングコンサート(4月11日)

例年なら、ふれあい工房主催「桜コンサート」と銘うって行われているが、11日は桜は残ってないやろと改名したのだが、満開状態が一週間も続きこれぞ「桜コンサート」の様相であった。休憩時には、女房の焼いたケーキと珈琲も振舞われる。夜の部、ライトアップされた桜木の下でお茶している光景は映画の一場面のようだ。我郷の人々はこんな非日常を演出するのが上手というか、好きやなぁ。

あ・うん

コンサートで珈琲サービスのお手伝いをしていた俺は、会場の外で演奏を聞いていた。終了間際にYT夫妻が何やら怪しいバスケットを持って現れた。コンサートが終了し、片付けが終わる頃、コマロ夫妻、小作農夫妻も何やら持ち寄り、あれよあれよという間に路上夜桜宴会がセットされた。特に打ち合わせもしていないのに正に「あ・うんの呼吸」だ。宴会だけはスムーズに事が運ぶ。コンサート終了後の夜桜路上宴会は恒例となるのだろうか。

毛虫さんといっしょに「ダルマさんがころんだ」

大量発生する毛虫3月中旬頃から、我郷では体長2〜3pの黒っぽい毛虫が大量発生する。こいつが庭の草花・樹木の葉を喰い尽くす。一年目はそんなことは知らずに放置していたら、殆どの草花・樹木が丸裸にされた。以降、毛虫退治は欠かせない春の日課となった。朝・昼・夕の3回駆除する。素手でドンドンつまみ捕り、5,6匹溜まったら地面に落とし踏みつける。一日千匹をノルマにしている。殺虫剤も散布するが、これは植物そのものも痛めるので一週間に一度しか出来ない。しかし捕っても捕っても、際限なく現れる。紫陽花の葉についている毛虫を全部取り去り、後ろを向いて「ダルマさんがころんだ」と唱え振り向くと、もう葉の陰から2,3匹の毛虫が目をキョロキョロさせている。「見っけ」と、また捕って踏みつける。早朝から毛虫と遊んでいるオッサンは不気味だ。

潮干狩り潮干狩りin成ヶ島(4月7日)

成ヶ島に潮干狩りに行った。成ヶ島は天橋立と同じ砂州であるが、寸前のところで淡路島とつながらず「○○橋立」となる事が出来なかった。ウ〜ム、惜しい。由良港から渡船で50秒といえ、無人島であるから大きなアサリが採り放題やと意気込んでいたのに、3人で2時間掘って、やっとスーパーのパック2つ分くらい採れただけだ。それも小さい。近所の連中に「今晩は、アサリ料理のメニューを考えときや」と豪語し、でかいバケツ2つも下げて行ったのにたのにどないしてくれるンヤ。 ソーッと家に帰って、鍵掛けて早く寝るしかない。ガックリの一日であった。 しかし、その日ひっそりと晩飯を食べながら「やっぱ淡路島はええなぁ」と改めて思った。

ご飯(地元農家から直接分けて貰ったコシヒカリの玄米を七分づきしたもの)

アサリの味噌汁(4時間前、成ヶ島で四苦八苦して採ったもの。味噌はもちろん自家製)

ガシラの唐揚げ(昨夜俺が釣ったもの)

山蕗の煮物(女房が朝の犬の散歩の途中、道端で摘んできたもの)

イカナゴの釘煮・茎ワカメの佃煮・お新香(全て自家製)

のりの佃煮(地元の人の自家製・貰い物)

店で買ったものは何も無い。これを贅沢と思える人なら田舎暮らしが楽しめると思う。

筍狩り集合写真筍狩りin木津(4月17日)

なるべく淡路島を出ないようにしている。大阪に行っても、落ち着かないし居場所もないし金も無い。都会的なるものは綺麗サッパリ捨ててきたので未練も無い。そんな中で唯一楽しみにしているのが、「TK氏ご近所筍狩り」への参加である。TK夫人実家所有の竹林が京都の木津町にある。現在は出荷もしていないということで、筍を持つタニーちゃん我々素人も自由に掘らせてもらえる。が、真面目に掘るものはいない。ヨーするに竹林バーべキュが目的なのである。ただ初参加のダニーちゃん(小3、父ブルガリア人・母ロシア人)だけが、必死に掘ろうとしていた。

炭火を取り囲んで、ブルガリヤ語、ロシア語、ポーランド語、英語が飛び交い、語学力に自信のある俺にもさすがに訳分からん宴会となっていた。しかしなぜか、コノ会話にコテコテの大阪弁が違和感なく入り混じっていたのには感心した。う〜ム、大阪弁はやるもんだ。

佳境に入り、ダニーのお母さん(名前が覚えられない)が、俺たちも知っているロシア民謡を朗々と歌ってくれた。原語、しかも生アカペラで聞いたの初めてだ。彼女は歌も上手だが、料理の天才でもあるらしい。料理自慢のBB夫人(VOL.15、26参照)が「私がこれまで出会った最高の料理人」と絶賛する。 彼女はロシア料理の講師として洲本市に何度か来ているらしく、俺の住んでいる津名町の地名も知っていた。今度来るときはハルボン倶楽部にも寄ってくれそうだ。彼女がロシア料理、BB夫人がポーランド料理、U君のお母さん(VOL.25参照、将来の夢は和風居酒屋を開くこと)が日本料理、俺の女房がパティシエで大宴会しようと盛り上がっていた。この4人を見ていて「料理もええけど、先にダイエットせえよ」と口にでかかったが、かろうじておさえたので、無事帰島できた。楽しく美味しい一日であった。そして何よりまた素晴らしい出会いを重ねる事ができた。

湯谷家のオープンガーデン(5月15、16日)……予告海平の桜並木

淡路島にはオープンガーデンという催しがある。何軒かが自宅の庭を開放し、興味のある人は、地図を頼りにラリーのように巡るというものである。これに我郷の湯谷家が名乗りを上げた。この「風のたより」に度々登場している《YT家》のことだ。湯谷家の意向としては、自宅の庭を見てもらうというよりは、「海平の郷」全体の雰囲気を楽しんでもらいたいということだ。湯谷家以外にも丹精込めた庭は幾つもあるし、我家のようなナチュラル庭園(雑草園とも云う)もある。郷内を一周すれば、大阪湾一望の風景も山里の風景も楽しんでもらえる。海平の山桜郷内は車でなく一時間程かけてユックリ散歩して欲しいと思う。その折、ハルボン倶楽部に立ち寄って「湯谷家の庭を見て来ました」と言ってもらえれば、先着10名様に限り「それがどうした」とお応えします。湯谷家では、三頭の犬とほっそりとした(2週間でダイエット間に合うか)美人が花のような笑顔でお待ちしております。オッサンもおる。