岩上神社チョッと旅

観光案内に載るほどではないが、「チョッとええよ」言わせる場所が淡路島にはたくさんある。自分で捜し求めて行ったことは無いが、誘われたらホイホイ付いて行く軽い性格のおかげで、これまで随分あちこち連れて行ってもらい、「風のたより」でも時折紹介してきた。7月21日、「ふれあい工房」Miyokoさんの生家周辺を本人に案内してもらった。同行はジュリー&花ちゃん夫妻(どんな美男美女かと思うなぁ)。不動の滝最初に行った「岩上神社」(写真)は、その名の通り立派な岩が播磨灘を望んでそびえていた。古より島人に信仰されてきたのが頷ける。次はMiyokoさんの母校「山田小学校」。校舎は近代的な建物であるが、周りに人家は無く山中に忽然とたたずんでいた。校庭の大木にアオバズクが巣を作り子育てするのでよく新聞などで紹介されている。我々が行ったときはすでに巣立っており、残念ながら見ることが出来なかったが、校長室でお茶をいただきながらたくさんの写真を見せてもらった。次は「不動の滝」。なんとなく雰囲気が宮島の「紅葉谷公園」と似ていて、今度はお弁当を持って来たいと思った。ハルボン倶楽部「秋の遠足」を企画しよう。10人位はすぐ集まるだろう。昔の仕事を思い出して「遠足のしおり」など作ろう。次は七福神の弁財天が奉ってあるので有名な「智禅寺」。新築なった本堂の回廊でジュリーがパグ犬に咬まれ逃げ回っていた。相変わらず騒がしい奴だ。 最後は「明神の岩場」。俺は釣りで何度か来ている。海に突き出た岩場だが、約1分でくるりと回れるようになっている。トンネルのような所もあったり、少し波があると飛沫を浴びそうな所ところもあって、チヨッとしたスリルも味わえる。ここからの夕日は最高だ。 五カ所を巡って、Miyokoさんの絵画や陶芸の作風は、こんな所で生まれ育ったことに起因するのだと、ほっくり納得した。 お昼の一時過ぎに出発、五ヵ所回って帰宅したのが4時過ぎ、3時間ほどの旅だった。 俺はこれを「チョット旅」と名付け、シリーズ化しようと考えている。まだまだ「チヨッとええとこ」は一杯あるだろうし、同じ場所でも季節により違った様相を見せるだろう。何年か後には「淡路島チョッと旅ベスト100」なんて紹介できるかもしれない。これを閲覧いただいた方、「あそこ行ってみたら」という所があったら是非教えてください。

甲子園の応援団U君の甲子園(V)

盛岡大付属高の小林君(VOL9,25,31参照)が、2年生の春・夏に続いて今年3年生の夏、3度目の甲子園出場を果たした。昨年はたまたま「人生の楽園」の撮影隊が入っていたので応援に行けないまま初戦敗退してしまった。8月9日、俺達夫婦は「2年分の応援だ」と満を持してアルプス席ご近所応援団に加わった。小林君は2番・キャッチャーで主将というチームの柱に成長していた。幼馴染ギャル幼馴染ギャル(写真)達が「YUKI 2」とロゴを入れた自作Tシャツで黄色い声援を張り上げたのも空しく、試合(対明徳義塾高)は2−12のボロ負け。一回表ノーアウト1,3塁のチャンスを活かせなかったのがこの試合を象徴していたように思う。小林君は3度甲子園に出場しながら一度も勝てなかった。「甲子園に3回出るだけで凄いやん」は周りの人が云う事で、本人達はひたすら勝ちたかったに違いない。それでも小林君の甲子園は終わった。でも野球は続けるようだから、また応援に駆けつける日があるだろう。しかし、サッカー・アジアカップ、甲子園、オリンピックと立て続けのスポーツイベントに目を奪われているうちに、わが阪神タイガースはどこに行ったのだろう。元気に野球やってんのかなぁ。

相変わらずのアホーライフ

第三回去り行く夏を惜しみつつ愛と真実のご近所宴会

幼馴染ギャル8月14日、ハルボン倶楽部恒例の会費制バーベキュ宴会が行われた。何気なく始めたのに第三回と付くとなんや重みがある。お盆の最中で少ないかなと思っていたのだが、親元に来ていた子連れファミリーが一緒に来てくれたりして、大人33名、子ども7名の参加があり、あっさり昨年の記録を塗り替えた。たくさん来てくれるのはうれしいのだが、我が家の狭い庭は限界を超えていて、会費を取った上、窮屈な思いをさせてスマンのう。今年はティチャーTM氏がBGMを用意してくれたり、焼き方MR氏に見習い助手としてビクトリー・ジュリーが付いたりしたが、特筆するようなこともなく、いくつかの輪ができ談笑するという普通の展開であった。う〜む、珍しい! 普通が珍しいわが郷はやはりおかしい。

完全無欠の虹反則台風と完全無欠の虹

6月に2度の淡路島直撃台風も反則なら、台風10号(7/31)は一旦関東の沖合いまでいっておきながらUターンして淡路島直撃という前代未聞の出戻り大反則台風だった。ホンマ、怒るで! さすがに天気の神さんもチョッと反省したのか粋なはからいがあった。8月3日夕方、こんなの初めてという完全無欠の虹が大阪湾に出現した。七色くっきり色分けされ、形も完璧なアーチ状で、大きさも大阪湾の端から端に架かる巨大虹だった。我が家の庭からはさえぎるものもなく全貌を見渡すことができた。(俺のデジカメでは全景は写せない)しかも虹にしては珍しく小一時間消えることはなかった。「天気の神さんもやるときはやるもんだ」と賛辞を贈ったのも束の間、あくる日午後3時頃までは快晴だったのに、四国沖にいた熱帯低気圧がいきなり台風に昇格し、夕方には暴風圏に入っていた。そんなんありか!4度の反則直撃台風で畑も庭もヨレヨレのハレヒロハ。訳分からん。

おタネばあさん

おタネばあさんは、孫が大阪の大学に入ったので訪ねてみることにした。淡路島の山深い一軒家で生まれ育ったおタネばあさんにとって都会は初めてだ。まずは話に聞いていた喫茶店に入ってみた。隣の席の女の子がウエイトレスに「レイコ」と言ったのを聞き、自分のところにやってきたウエイトレスに元気よく「おタネ」といった。 名前を名乗らねばならないと思ったようだ。喫茶店を出たおタネばあさんは、一度行ってみたいと思っていた映画館へ。切符売り場で、前の女の子が「学生一枚」と言ったのを聞き、自分のとき、勢いよく「農業一枚」と言った。彫金師OS女史の話で、実話なのかネタ話なのか知らないが「おタネばあさんシリーズ」として続けてもらいたい。

べランダ花火

8月1日は洲本市の花火大会だ。昨年までは分譲地内の「ホコラの丘」にビールやおつまみを持って三々五々集まり見物していたのだが、今年は言いだしっぺもおらず、その辺におった数人でコマロ邸のベランダから眺めた。一週間後は津名町の花火大会で、これも昨年まで洲本と同じようにしていたのだが、すぐ下の遊園地「おのころランド」が見物場所として無料開放されるというので女房など何人かは出かけた。無料とか割引とかには敏感に反応する奴らだ。俺は花火自体にあまり興味が無いので家にいた。音がするので2階ベランダに出てみると、なんとまぁ、北側の山裾から花火が良く見えるではないか。新発見だ。来年はベランダ花火宴会を企画することにしよう。

ノーベル賞チョコレートノーベル賞チョコレート

大阪大学の助教授(らしい)OM氏はスエーデンでの学会に出席した。帰りは関空から直接淡路島に渡るので、洲本港まで迎えに来いの、夕飯を食わせろ、それも和食にしろ、ついでに家族みんな食わせろだの色々わめいていたが、イギリスでの乗換えが上手くいかず伊丹着になったため、我が家は全て回避できた。それでもあくる日には我が家に現れ、ノーベル賞チョコレート(写真)なるものもらった。ノーベル賞のメダル風にしてあるので、観光客のお土産用だろうとタカをくっていたら、これが由緒モンで、ノーベール賞受賞者晩餐会で最後のコーヒーと一緒に出されるものなんだと。そこにいた何人かで少しずつ食べたが、なるほど上品な味だった。OM氏に差し向けると「僕は本当の晩餐会でいただきますからいいです」だと。そやからユーてるやろ「ノーベル賞より200億円の特許料をとって来い」って!

フルートの夕べ

コマロ邸から電話で「お客さんがフルート演奏してくれるのでおいで」とお誘いがあった。黄昏時の涼しい風が通り抜ける中でのフルート生演奏、とても贅沢なひと時だった。奏者は中年の女性で、20歳くらいの娘さんが後ろで伴奏CDをかけるなどの世話をしていた。30分ほどの演奏が終わり、バス時間が迫っているので慌ただしく帰り支度をしている二人にビクトリー・ジュリーが一言放った。 「いやぁ、ご姉妹だとばかり思ってました」 こ奴は一回、前の海でおぼれてもらわんといかんなぁ。 二人が帰った後、コーヒーとシュークリームが振舞われたが、いつもの宴会のように喧しいバカ話になった。黄昏時のフルート演奏会はもう遠い昔の出来事になってしまった。