海・土・人家から見える海

早いもので淡路島に移住して3年半になる。「海・土」をキーワードに始めた暮らしは、予想外の「人」というキーワードを加え、バカバカしくも楽しくてたまらん日々が続いております。

「海」

VOL39にも書いてあるが、海の傍で暮らしたいという願望は俺のDNAである。海を眺めて暮らせるなら、少々の不都合は我慢できる。「釣り三昧したかっただけやろ」とも云われるが、趣味としての釣りなら、大阪から週一ペースで通っていたときの方が楽しかった。一週間の渇望が満たされる喜びがあったし、非日常空間に身を置くリフレッシュの意味も大きかった。橋が出来る前、フェリーで通っていたころが懐かしい。須磨港から離岸するときの情景がとても好きだった。家族も仕事も世の憂さもみんな忘れて、全くの個の世界に入っていく正に渡し舟だった。現在の釣りは趣味というより生活の一部である。まぁ、理屈はいい、毎日海を眺めていれば、心穏やかに過ごすことができる。海だけは見飽きることはない。今パソコンに向かっているが、視線を15度右に移せば海が見える。台所でパスタを茹でていても、海が見える。時節柄不謹慎かもしれないが、台風で荒れ狂う海でさえ、眺めている分には力強く美しい。海のそばで暮らすのは、子どものころ母の膝で眠ったころの幸せだ。

「土」手作りコーヒーカップ

結婚当初は文化住宅の二階(懐かしいなぁ)、それから賃貸2DKマンション、3LDK分譲マンション、一戸建5LDK3層住宅とショボイながらもそれなりのグレードアップを重ねてきたのだが、悲しいかな猫の額ほどの庭というのも叶うことは無かった。田舎暮しを志向し始めてからは、常に100坪の土地を頭に置いてあちこち見て歩いた。70坪を建物と庭、30坪を菜園にするという計画だった。ガーデニングなんて趣味はないが雑然と樹木や草花に囲まれた家に憧れていたし、自分達が食べる野菜は栽培したいと考えていた。一言で云えば「土いじり」がしたかったのだ。現在の敷地は斜面部分を含めて70坪、同じ値段で倍の広さの土地もあったが、海が臨めるのを優先した。庭は思っていたより大変だ。花や樹木の苗は高いし、無理して買ってもすぐ枯れてしまったりする。花壇の整備に必要な材料や道具もそうそう買えない。これといったグランドデザインも無く、頂いた苗など空いているところに適当に植えていくものだから、やり直しも無駄も多い。それでも大分鬱蒼とした雰囲気も出てきた。ヨイヨイ。敷地内に菜園の夢は叶わなかったが、車で5分ほどのところに畑を借りることが出来たので菜園は実現した。畑・庭仕事と夜釣りが平日の活動ベースである。従って雨の日が一番困る。することがない。アホの誇りにかけて晴耕雨読はない。庭・畑とは少し意味合いが違うが、土をこねる陶芸も視野に入っている。しかし女房が一足先に習い始めたので、これ以上ガラクタを増やすのも気が引けるので俺はまだ先になりそうだ。「ふれあい工房」のMiyokoさんは「ハヨ来な、私ら死んでまうで」というが、海平の人間は誰も死にそうにない。

「人」庭での宴会の1コマ

「海」と「土」に関しての展開は、まぁ想像の範疇である。しかし「人」との交わりは全く念頭になかった。ここに移住したときは一人も知る人はいなかったし、人里はなれた別荘分譲地だから、普段、狸に出会うことはあっても人に会わない日も多いだろうと思っていた。それが土日はハルボン倶楽部・喫茶部と御近所宴会でまず人の渦の中にいる。それに季節ごとの地域行事(宴会)、「ふれあい工房」のコンサートや味噌作り等旧来からのイベントに加え、今年になって卓球部は創設されるし、ビアガーデン「風の家」は始まるなど人の寄る場はさらに増えてきている。その他2,3家庭で御一緒することは数知れない。我が家だけみても、分譲地内の定住者、別荘族、地元の人々、俺と女房の親戚、友人、教え子等々年間延べ2000人程の出入りがある。数もさることながら、こんなに幅広い年齢層、異業種、居住地の違う人々とお付き合いできるなんて大阪にいるときは考えられなかった。人間は文字通り「人と人の間で生きている」のだと改めて強く思った。そんな連中が人間関係のしがらみや利害関係なく寄り集まってワイワイやっているのだから面白話には事欠かない。この「風のたより」にもたくさんの面白人間に御登場ねがったが、まだまだ紹介し切れていない。

これから

今は夢のような日々が続いている。しかしアホとはいえども俺も50代半ばのオッサンだ、こんなことがいつまでも続くはずがないという経験則もある。人間関係は親しくなればなったで、軋轢や誤解が生じやすく修復も難しくなる。現在嬉々として活動していることもマンネリという状況が必ず来る。張り切りすぎてバーナーアウトの恐れもある。ここでの暮らしの正念場はそこからだと思っている。 そのとき俺に新たな想像力、展開力は残っているのだろうか? 「ある。ある。心配ない」とりあえずそう思える楽天性は失われていない! かな?

「へこもこ」結婚ラッシュ結婚式にて

大阪の若い女性4人グループがふと知り合った淡路島の中年夫婦を毎年一度訪ねるようになり、未明まで飲み食い語りつくす。一人一人が一年間の出来事を報告しながら、話題は仕事、人生観、恋愛結婚観などに及び尽きることはない。それぞれが真摯に生き、信頼感に満ちているから、中年夫婦は傍受しているだけで楽しい。VOL14で紹介した「へこもこ」なる娘4人組とは、その後もそんな映画のプロットにでもなりそうな付き合いが続いていた。今年も楽しみにしていたのだが、残念ながら(嬉しながらというべきか)実現しなかった。それは「へこもこ」が結婚ラッシュだったからだ。春に後ろの「こ」が、夏に前の「こ」が、秋に「も」が結婚した。自他とも認める「へこもこ」の母「へ」は、今のところ予定はない。一番いい女が残った。(俺は優しいなぁ) まぁ、3人を嫁がせたのだから、これから心置きなく自分のことを考えるというところだろうか。「へ」の健闘を祈る。それぞれの苗字の頭文字を並べたのが「へこもこ」だから、すでに「へこもこ」は存在しないのか。なんでもええがな、それぞれが落ち着いて、また4人揃ってきてくれる日を楽しみにしている。ホンデモ、今度は旦那のおのろけ大会になるンやろか、それとも愚痴大会やろか?どちらにしても映画のプロットは遠のき、かの世界最強大阪のオバハンに進化していくのであろう。ウ〜ム、相当の恐怖だ!

台風被害報告宴会庭の紫陽花

度重なる台風襲来にうんざりしている。淡路島も地域によっては高潮による床下浸水や長時間停電などがあり被害は深刻だ。川に流された牛が海に出て、これ幸いと念願の海水浴を楽しむことにした。海水浴場まで4km遠泳してやっと辿り着いたのに、その砂浜は大波にさらわれ消滅していた。まぁ、しかし、さすがにバーベキュしている奴等もいなくてよかった。我が郷も瓦が飛んだり樹木の倒れた家もあった。我が家は船酔いするほど家が揺れたり、雨戸の無い窓に折れた木の枝がビシッビシッと当たり、何時割れるかと気が気ではなかった。幸いなことにこれといった被害は無かったが、吹き寄せられた葉や枝の後片付けに3日かかった。そんな状況の中、台風16号が来襲した週の土曜日にはジュリー&花ちゃん邸で「被害報告宴会」が開かれた。全くここの連中ときたら、したたかなのか只のアホなのか訳分からん。この宴会に対する結束力が何か深刻な問題が発生したときに活かされることを切に願う。この秋は、塩害で樹木の葉が枯れ紅葉が期待できないとか、葉を落とした桜が花を咲かせるだろうとか言われている。そのせいか、我が家の庭の紫陽花(「隅田の花火」という品種)の花が咲いている。(写真)9月に入っても蒸し暑い日が続いているためかもしれない。この間、落雷や地震もあり、天変地異の嫌な予感もするが、海を臨む高台という抜群のローケーションを棲家としているのだ。この程度のリスクは甘んじて受けるしかない。

騒々しい釣り師たちお魚

ジュリー&花ちゃん夫妻、YT氏、俺達夫婦で太刀魚釣りに出かけた。サビキ釣りしかしたことのないジュリー夫妻に、太刀魚の強い引きと、闇夜にキラキラ光る幻想的な光景を味合わせてやろうと思ってのことだ。夕暮れ前に波止場に入り、餌にする小鯵をサビキ釣りする。そこそこ釣れたので餌の残りは南蛮漬けに出来そうだ。ジュリー夫妻ときたら、サビキ釣りの外道「おせん(スズメダイ)」すら食べてしまう奴らなので、これだけでも十分だろう。すっかり暮れたころ太刀魚釣りに切り替える。情報は芳しくなかったので期待していなかったのだが、YT氏が立て続けに5匹揚げた。ジュリーも2匹揚げた。。花ちゃんと女房ペアで2匹揚げた。あらかじめ予想できたので、この連中は波止場の一番奥に追いやっていたのだが、それでも大騒ぎして他の釣り人のヒンシュクをかっていた。 全体としては予想以上の釣果を得、8時過ぎ俺以外は意気揚々と引きあげた。UT家では夫人が心づくしの夕食を作って皆を待っていてくれた。ここが我郷のええとこやなぁ。 一番大きいのをその場で刺身にした。興奮冷めやらぬ花ちゃんは「また行こな!」といっていたが俺は聞こえないふりをした。「口にガムテープ貼るならエエよ」と言いかけたが、この平和なムードを壊してはならない。大人の配慮だ。